投稿者:大矢 雅弘

 ノンフィクション作家の柳田邦男さんが7月上旬、ラジオで語る言葉に心を動かされた。話の本題もさることながら、80代半ばのいまも、自身で車を運転して取材に飛び回っているという話に妙にうれしくなった。小さな感慨を覚えた背景に、高齢ドライバーが引き起こす重大な交通事故が近年、社会問題になっていることがある。
 高齢ドライバーによる交通事故で、とりわけ世間に衝撃を与えたのは2019年4月、東京・池袋で暴走した乗用車が通行人をはね、母子2人が死亡、9人が重軽傷を負った事故だろう。
 朝日新聞によると、7月15日にあった公判の最終陳述で、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた90歳の被告は「アクセルとブレーキを踏み違えた記憶は全くなく、今もそう思っている」と改めて無罪を訴えた。検察側は「初歩的な操作に対する注意義務に違反した過失は大きい」と指摘。被告に対し、同罪の法定刑の上限にあたる禁固7年を求刑した。判決は9月2日に言い渡される予定だ。
 こうした痛ましい交通事故の報道を目の当たりにすると、「ある年齢に達したら、免許を強制的に返納するよう法律で定めるべきだ」といった厳しい意見が出てくるのも至極当然なことのように思われる。
警察庁が発表した「運転免許統計」によると、2020年の全国の運転免許保有者数は約8198万人。そのうち全体の7・1%にあたる約590万人が75歳以上のドライバーで、2020年はそこから約29万7千人が運転免許を自主返納したという。
 運転免許の返納は、悲惨な事故を起こさないためには最も効果が期待される。しかし、公共交通機関が限られた過疎地域では、車を運転しないと買い物や病院に行けず、とても生活できないと考える人も少なくない。運転免許の返納後の支援策として、各地の自治体がタクシー券の交付や公共交通機関の割引などに取り組んでいるが、十分とは言えない。
 昨年6月に成立した改正道路交通法では、高齢ドライバーによる交通事故防止対策として、自動で作動するブレーキなどが搭載された「安全運転サポート車(サポカー)」に特化した限定免許が創設され、来年6月までに実施される。
 私も現在、68歳の高齢者だ。若いころに比べて反射能力が落ちているといったことは自分でも感じている。熊本県天草市で、一昨年の秋、カメラやレーダーで前の車などを検知して作動する機能を搭載したサポカーに乗る機会があり、その安全性の一端を体感した。
 国立国会図書館調査立法考査局によると、米国などでは夜間の運転を禁止するなど、運転する地域や時間帯、速度などを制限した限定免許を導入している国も少なくない。地方で暮らす高齢者が「生活の足」を確保できるよう、諸外国のような限定免許の可能性も追求し、導入にこぎつけてほしい。
 2024年には、いわゆる「団塊の世代」の全員が75歳以上の後期高齢者となり、超高齢社会となる。日常生活で車が手放せないと考える高齢ドライバーに多様な移動の選択肢を示すのは、これまで以上に地域社会の大きな課題になるだろう。(8月3日)