投稿者:古賀 晄

 「普通の市民は戦争が嫌いだ。しかし政策を決定するのは国の指導者達であり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義だろうと、ファシスト的独裁制だろうと、議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと、常に簡単なことだ。自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。この方法はどの国でも同じように通用するものだ。」
 これはヒトラーの後継者とされたドイツの政治家ヘルマン・ゲーリングの「名言」である。「ニュルンベルク軍事裁判」(ジョセフ・パーシコ著、白幡憲之訳)から引いた(一部要約)。
 ゲーリングは、第二次世界大戦後のニュルンベルグ裁判で死刑判決の後に服毒自殺した。この「名言」は、ゲーリングが米陸軍心理分析官の取り調べに対して語ったとされている。
 ロシアのウクライナ侵攻を知って、「この名言は的を射ている」と気づいたのは筆者だけではないらしく、SNS上でも注目を集めている。
 2月24日、ウクライナへの「特別軍事作戦」を開始したロシアのプーチン大統領は、ロシア国民向けの演説で「NATOの東方拡大、その軍備がロシア国境のすぐ近くまで迫っている」(NHK WEB版3月4日付)と“国家の危機”を強調して侵攻を正当化した。「10日間でウクライナ全土を掌握する」との目論見ははずれて泥沼化している。
 「自国が危険にさらされている」と主張して戦争を始めたケースは枚挙にいとまがない。
 同時多発テロの報復としてアメリカは「テロとの戦い」を掲げてイラクに軍事介入した。さらに「イラクが大量破壊兵器を保有している」と主張してフセイン政権を倒すが大量破壊兵器は見つからなかった。
 かつての日本も同じだ。資源を東南アジアに求めた日本は、ABCD包囲網(米、英、中国、オランダ)による制裁をきっかけに「国家存亡の危機」を理由に太平洋戦争に突入した。その結果は、惨敗して約300万人が命を落とし、人類初の原爆被災国にもなった。
 いま、国境を接するロシア、北朝鮮、中国の3国との間で軍事的緊張が高まっている日本政府は、「反撃能力」(敵基地攻撃能力)を保有して攻撃兵器の増強に膨大な国防予算をつぎ込もうとしている。これは、いままで堅持してきた国土防衛に徹する「専守防衛」からの大転換を意味し、戦争放棄を明記した平和憲法が有名無実化することになりかねない。
 2001年の衆議院対テロ対策特別委員会は、アメリカとともに自衛隊をアフガニスタンに派遣すべきかを審議した。その参考人陳述で、用水路建設に取り組みアフガニスタン人65万人を飢餓から救った中村哲医師は「自衛隊の派遣は有害無益。武器より命の水を」と毅然と反対意見を述べた。
 愚行を繰り返さないためには、まず外交努力に力を注ぎ、「反撃能力」の保有については慎重に議論を尽くすべきだと思う。ゲーリングの名言が亡霊のようにさまよう現実は見たくない。(12月9日)