投稿者:古賀 晄
昔から「他人の痛みは三年でも辛抱できる」と言われるが、実際には自分の痛みこそ耐え難い。できることなら一分でも早く解放されたい――その思いで過ごした数年間だった。脊柱管狭窄症と診断されたのは5年ほど前。腰椎の下部(L5〜L3付近)が狭まり、神経の束を圧迫しているため痛みが出るという。しばらくは鎮痛剤でしのげたが、少し歩くと大腿部から両脚にかけて痛みと痺れが走り、歩けなくなる。3分ほど腰を下ろすとスーッと治まる。いわゆる間欠性跛行だ。だが症状は悪化し、朝は特に腰に激痛が走り、部屋の中でさえ壁づたいでなければ歩けないほどになった。
近くの整骨院に週二回通い、整体で体がほぐれると痛みは和らぐものの、効果は長続きしない。院長は正直な人で「脊柱管狭窄症は私には治せない」と明言した。鎮痛剤も効かなくなり、2025年夏、福岡市内の大規模総合病院で手術を前提にMRI検査を受けた。ところが、ベテラン整形外科医の説明は意外なものだった。「手術しても必ず元に戻るとは限らない。しかも、あなたには指定難病の特発性間質性肺炎がある。全身麻酔はリスクが高い」。その口調からは、手術を避けたいという意図が感じられた。
結局、整骨院に戻るしかなかった。事情を話すと院長が「鍼灸は効果があるかもしれませんよ」と助言してくれた。しかし、鍼灸と聞くと、幼い頃に見た祖父の治療風景――足に乗せた艾(もぐさ)に火をつけ、腰に針を刺す姿――がよみがえり、「熱い・痛い」という恐怖が先に立った。専門書は難しいので、「鍼灸小説 道案内のシンシン」や「Dr.東洋~杉山あかりの東洋医学」など、鍼灸を題材にした小説を読み、少しずつ不安が薄れていった。ちょうどその頃、妻が友人の鍼灸師に連絡を取ってくれたが、すでに引退しており、後輩を紹介してくれた。
それが、福岡市中央区薬院のトータス鍼灸院だった。薬院大通りに面したビル6階の施術室は完全予約制で、ほかの患者と顔を合わせることはない。原口順子院長は41歳ながらキャリア20年以上。ぎっくり腰から美容鍼まで幅広く手がけている。毎週1回通院することになり、黒豆茶を淹れてくれ、問診は丁寧そのもの。長年の臨床経験に裏打ちされた落ち着きと柔らかな語り口のおかげで、鍼灸への恐怖はすっかり消えた。症状に応じて鍼、電気鍼、灸を使い分けるが、心身ともにリラックスでき、ツボを探る院長の手の温かさが、優しい治療そのものだった。
週1回の治療を続け、2026年3月には5か月が経過。鎮痛剤は不要となり、通院も隔週に減った。今も起床時に両脚のこわばりはあるが、30分ほどストレッチをすれば一日中痛みは出ない。桜が見頃の福岡城址と大濠公園をめぐる俳句会の吟行から帰宅すると、歩数計は12,000歩。こんなに歩いたのは何年ぶりだろう。
鍼灸とは、東洋医学が大切にしてきた“全体を診る眼差し”と“自然とともに生きる知恵”を、一本の鍼と一つの火に託した医学なのだと、今はしみじみ思う。 (4月1日)
