投稿者:古賀 晄
東日本大震災から12年となった2023年3月、一つのボランティア団体がメンバーの高齢化のため解散した。
福島県内の原発事故被災地で放射線調査研究を続けていた一般社団法人「エコスタディーズ」(事務局・東京)。放射線に通じた科学者や技術者が主体の20人余の小規模な集団だった。どこの機関にも帰属せず資金援助も受けず、あるのはメンバーの技術力と能力、心意気だけ。しかも無報酬で放射能汚染の調査研究という膨大な課題に挑んだケースは他に知らない。
2011年3月11日の大震災の際、東京電力福島第一原子力発電所の第1~第3号機で原子炉がメルトダウン(炉心溶融)、水素爆発を起こして各種の放射性物質が大量に飛散した。とりわけセシウム137は自然界には存在せず、核実験や原発事故など人為的に生成される放射性同位体だ。半減期が30.1年と長いスパンで健康への影響を与える。震災直後から公的機関が陸地や海洋で大規模な放射能汚染調査を実施した。
しかし、事故を起こした第一原発から最も近い沿岸の岩場は、公的機関の大型測量船では近づけないため、計測データがない空白域となっていた。 沿岸の岩場には陸上の山間部に堆積している放射性セシウムが河川によって土砂とともに運び込まれる。
塩谷亘弘代表理事(東京水産大学名誉教授・工学博士)は、この空白域のデータがないことが後世に禍根を残すと考えた。そこで「この区域の残留放射性物質の線量や生態系への影響を調べよう」と呼びかけ、大橋英雄・東京海洋大学名誉教授(理学博士)、柴田裕実・大阪大学産業科学研究所特任研究員(工学博士)らが応じて2015年3月に「エコスタディーズ」が発足した。
調査は、浅瀬の岩礁域で使える放射線量計測器の製作から始まった。水中テストを繰り返し、漁船をチャーターして第1回の海洋計測に漕ぎつけたのは2015年9月4日だった。計測器の改良や水中での姿勢制御センサーなど工夫を重ねて、定点計測は2019年9月まで計16回(うち2回は計測不能)まで続けた。大ダコに襲撃されて水中の計測器が損傷するというハプニングが調査の幕引きにつながった。
2017年までの計測結果を基にまとめた論文は、Elsevier社(オランダ)が発行している国際学術誌「Marine Pollution Bulletin(海洋汚染速報)」に掲載されている。
最終論文を仕上げ中の塩谷代表理事は「残留放射能の研究調査は数十年の長いスパンが必要だが、独立した小規模集団では限界があった。公的機関がこの海域の調査を継続してくれることを期待したい」と語っている。
空ばかり見ていると気づかない「地上の星」がほかにもあるのだろう。長崎原爆被爆者や原発の取材経験だけでチームに加わったジャーナリストとして、広く知られることのない地道な活動を語り継ぐ責任を感じる。(タイトルバックの写真は「福島沖で海洋計測するエコスタディーズ」)(3月9日)