投稿者:古賀 晄

 蛍が飛び交う季節になると「見たい!」という誘惑に駆られるのはなぜだろうか?
 私が子どもだった1955年(昭和30年)ごろのふる里の小川にはたくさんの蛍がいた。満天の星が降り注ぐように飛び交う蛍をススキに似た茅花(ツバナ=ズバナともいう)の穂を束ねて追いかけ回した。捕まえた蛍を蚊帳の中に放つと、光を点滅させながら少し頼りなげに飛ぶ様子を幼い妹弟とともに声を殺して眺めた。翌朝、蛍は大抵死んでいて光らない姿を見つめて子どもながらに罪悪感を覚えた記憶が蘇って来る。
 研究者の観察によると、ゲンジボタルの点滅間隔は4秒、1分間だと15回だそうだ。成人の平均的な呼吸回数は1分間に15回~20回。「不思議な魅惑は、蛍と人間との見事なシンクロにあるのでは?」と私は勝手に解釈している。ちなみに小型のヘイケボタルの点滅は2秒間隔で幼児の呼吸回数に近いという。
 北部九州の蛍の季節は5月末から2週間ほど。6月初旬の夜、わが家から1.5km上流の那珂川河畔公園(福岡市南区曰佐5丁目)にある人工クリークまで夫婦で蛍を見に行った。“蛍の宿”は公園の街灯の光が届かない林の端っこにあった。
 眼が暗闇に慣れると、ネットで覆われたクリークの草むらから小さな光が点滅しながらふわりと飛びたった。これはオスに違いない。岸辺の葉陰で控えめに光を放っているのはメスだろう。恋の信号を放ちながら出会いを求めている雌雄20匹ほどを確認できた。
 蛍を飼育しているのは南区那珂川ホタルの会。「那珂川を蛍が群舞する清流によみがえらせたい」と1997年(平成9年)1月に設立。長さ80m、幅1mの人工クリークを掘り、ポンプで地下10mから汲み上げた水を流し、両岸に草むらを作り、雑草刈りなどホタルにとって住み心地のよい環境づくりに取り組んでいる。
 4代目会長の川畑征輝さん(81)によると、夏にふ化したゲンジボタルの幼虫は、巻貝のカワニナを餌にして成長する。餌のカワニナは川畑さんの実家がある長崎県の離島の小川で採取している。年間70kgほど必要で、幼虫の成長に合わせて小粒のカワニナからだんだん大きいものに変えて与えている。「水温が20℃を超えると蛍は死滅するから水温調整には最も気を配っている」と話す。
 同会は、小学生と一緒に那珂川本流の清掃活動を通じて川に生息する多様な生物を教えたり、危険個所の周知などにも力を入れている。しかし、「会員の高齢化に伴い実働メンバーが数人になった」のが悩みのタネという。
 福岡県と佐賀県にはホタルが自生しているスポットが13カ所ある。だが、自生する蛍を取り巻く環境は年々悪化、蛍の幼虫やカワニナが年を追うごとに減って存亡の危機が迫っているそうだ。その主な原因は①耕作地の農薬散布②養豚場などからの汚水流入③水路のコンクリート化④砕石・土木工事による土砂流入⑤気象変動に伴う集中豪雨の増加、渇水による水質悪化、水温上昇など。このほか、ホタルを見に来る人の車のライトや撮影のストロボなどの「光害」、業者による乱獲で激減しているという。
 ホタルの生息環境に詳しい研究者は「50年後には64%超の確率で蛍は絶滅する」と警鐘を鳴らしている。(日本ホタルの会レポート第11号より一部引用)。
 日本書紀には西暦720年ごろの記述に「蛍」の文字が登場、平安時代の源氏物語や伊勢物語、数々の和歌にも蛍が詠まれており、古くから日本人は蛍に親しんでいたことがうかがえる。今、蛍は私たち人間に地球環境の危機を伝えようとしているのかも知れない。(6月10日)