投稿者:古賀 晄
腰痛のMRI画像診断のため訪れた病院の待合室で、近所のご夫婦と出会った。2人とも私と同じ80歳だ。奥さんは地域の役員をしているので顔見知りだが、車いすのご主人はまったく外へ出ることがないそうで初対面だ。この日はご主人の頭部のMRI撮影だという。
奥さんによると、普段は穏やかな人柄で50年を超える結婚生活は円満だったが、急に怒りっぽくなったそうだ。ある日、「出ていけ」と奥さんを怒鳴りつけたが、しばらくするとすっかり忘れて、「あなた、私に出ていけと言ったでしょ」と奥さんに言われて土下座して謝った。だが足腰が弱っていて、それ以来歩けなくなったという。かかりつけのクリニックで認知症の初期症状の疑いがあると言われ確定診断を受けに来たのだそうだ。
予備テストで病院スタッフから「なんでもいいから書いてみてください」と促されると、ご主人は即座に「○○子(奥さんの名前)さん、いつもお世話になっております。ありがとうございます」と書いてくれたと奥さんは涙ぐんだ。
認知症には、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症の4つのタイプがあり、発症の原因や症状の特徴が異なるが、まだ完治する特効薬は開発されていない。少しずつ消えていく記憶、別人になっていく身内を抱えて途方に暮れている人は年々増えている。
また、私の友人で75歳の独身女性は、弟夫婦と同居する軽度認知症の98歳の母を介護するため週に4回、実家に通っている。つい最近、自身が肺がんと診断されたという。まだ初期のレベルだが肺がんが進行して母の介護ができなくなるのを恐れていて、「母を見送るまで私は死ぬわけにはいかない」と歯を食いしばっていたが、「明日はわが身か」と老老介護の現実を突きつけられた。
日本は2024年度に総人口1億2500万人に占める65歳以上の割合が29.1%と過去最高に達し、高齢化率世界一の老人大国になった(内閣府令和5年高齢社会白書)。三菱UFJ信託銀行の調査では2025年の認知症患者数は730万人、65歳以上の5人に1人が認知症を発症すると推計している。厚生労働省の推計では、2040年には認知症が約584万人、軽度認知障害(MCI)が約613万人に達するとみている。
これだけの認知症患者を家族が抱え込むのは無理がある。誰が面倒をみてくれるのだろうか?厚労省は、地域で認知症の人や家族を手助けする認知症サポーター1534万人の養成(2024年度末現在)など、認知症の人が住み慣れた地域で自分らしく暮らしを続けられる社会を目指す取り組みを進めているとしている。
とはいえ、介護業界の人手不足は深刻だ。介護業界の離職率は他業種と比べて高く、採用競争も他産業に敗れており認知症患者をケアする高齢者施設は運営の危機に直面、2023年の「老人福祉・介護事業」の倒産は122件と過去2番目、「訪問介護事業」の倒産は過去最多の67件という(東京商工リサーチ)。
「うちは娘2人が近くに住んでいるので、家族で力を合わせて面倒をみます」と、冒頭に紹介した奥さんは話したが、これはまだ幸せな例だ。老老介護で共倒れしたケースもよく耳にする。高齢社会の行く末を思うと、荒野に立つ枯れ木のごとく呆然と佇むしかない。(6月24日)