投稿者:岸本 隆三
吉村昭の出世作であり著名な記録文学「戦艦武蔵」(新潮文庫)は昭和12年(1937)、棕櫚(しゅろ)の繊維が有明海沿岸に始まり、九州一帯、そして四国、紀伊半島まで広がって消えたことから始まる。三菱重工業長崎造船所(長崎市)が「武蔵」建造を秘匿しようと棕櫚の繊維で巨大なすだれを作るために買い集めたためだ。建造そのものが軍事機密であり、すだれで覆った第二船台は対岸からも中は見えなかったようだ。
佐世保市のJR佐世保駅から佐世保港沿いに西に進み、平瀬橋を越えると米軍佐世保基地のゲートがある。ゲートには金色に塗られた鳥居が迎える。色はたまに塗り替えられるが、なぜ鳥居なのか意味がよく分からない。ここからがSSKバイパス(市道立神線)だ。港側に米軍の赤レンガの建物などが続き、途切れると一挙に視界が開け、佐世保重工業(SSK)佐世保造船所の構内が広がり、その先に海が見える。
5月末に通った時には、第四ドックには小さな護衛艦、第三ドックには巨大なLPG運搬船が入っていた。金網越しではあるのだが、それこそ間近に見えるのだ。
SSKのホームページなどによると、同社は2014年に名村造船所(本社・大阪市)の完全子会社となり、2022年には新造船の建造を中止、修繕、改造工事を行っている。そのためか、ここ数年、構内のレンガ造りなどの建築物が取り崩されてバイパスからの遮蔽物が無くなり、金網沿いの草木も相当数除去され、一段と見えやすくなったのだ。
いろいろな船が見られるのもうれしい。昨年5月には、あの地球深部探査船「ちきゅう」が入っていた。100㍍を超す採掘やぐらですぐ分かったが見るのは初めてだった。「ちきゅう」は今年2月、南鳥島(東京都)沖で水深5700㍍の深海底を掘削、レアアース(希土類)を回収したことで注目された。
レアアースは中国が採掘量の7割、精錬量の9割を占める状況から「外交カード」として利用、日本などに揺さぶりをかけている。中国といえば、試掘後の3月ごろから日本を「新型軍国主義」と批判、他国首脳にも呼び掛けている。よく分からない。どの口が言うのかな、と思う。日本の25年度当初の防衛費は約8・7兆円に対し、中国の国防費は約1兆7846億元(約40兆円)(読売新聞)で、海軍力強化を続け、日本をはじめ周辺諸国に圧力をかけ、一部の島しょは占有している。極めて帝国主義的であり、「新型軍国主義」はそのまま中国に投げ返したらいいのではないか。さらにかつての中国の軍国主義批判に対して呼応した国内勢力もほぼないように思うが。話がそれた。
佐世保には旧海軍の鎮守府が置かれ、同社は戦後、旧海軍佐世保工廠の施設を借り受けて発足している。第四ドック(海軍工廠時は第七船渠)は日本遺産「鎮守府 日本近代化の躍動を感じるまち」の構成資産になっており、金網に説明板も付けられている。武蔵のことが触れられ、「戦艦武蔵」にももちろん描かれているが、それによると武蔵は昭和16年(1941)7月、曳船にひかれてまる1日余かけて第七船渠に入った。舵、推進機・推進軸のとり付け工事を行い1か月後、長崎に戻っている。当時はもちろんSSKバイパスはなく、市道は山の中腹を走り、工廠は見えないようになっていたという。
説明板には戦後SSKになってから第四ドックではタンカーの(三代目)「日章丸」が建造されたことも触れている。同船は1962年竣工、13万2334重量㌧と当時世界最大のタンカーで大型タンカー時代の幕開けとも言われた。中東から山口県徳山市(現周南市)に原油を運んでいたが、私の古里の大分県・姫島沖を通るというだけで何となく誇らしかったのを記憶している。SSKにとっては栄光の歴史そのものだ。
歴史は流れ、新造船はなく、修繕に特化しており、観光地化もしている。政府は経済安全保障の観点から造船業を重要な産業と位置付けその再生を目指すとしている。SSKが新造船を復活する日が来るのだろうかと広々とした構内を見ながら考えた。(6月5日)
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