投稿者:岸本 隆三
読売新聞の12日紙面に6月、和歌山県白浜町のテーマパーク「アドベンチャーワールド」から中国に返還されたジャイアントパンダ(以下パンダ)4頭の様子を知らせる記事が掲載されていた。元気そうに竹か笹を食べる1頭の写真が添えられており、何となく一安心した。同日の一面トップは自民党の森山幹事長が来日した中国の何副首相から、中国が日本産牛肉の輸入再開の前提となる両国間の「動物衛生検疫協定」の中国国内の手続きが完了したと伝えられたとの記事だった。森山幹事長はその際パンダの貸与を要請したという。これには違和感を覚えてしまった。
森山幹事長は日中友好議員連盟の会長をしており、6月の4頭返還が発表された後の4月下旬に同連盟で、訪中した際にも中国側に貸与を要望している。
日中間には、牛肉輸出問題だけでなく、中国がわざわざ「核汚染水」と呼ぶ東京電力福島第一原子力発電所の処理水の放出で日本の水産物輸入禁止(一部再開に向けて手続き中だが、福島県など10都県はそのまま)や尖閣諸島での領海侵犯、最近では領空侵犯も、スパイ容疑などでの日本人の拘束、日本人学校男児刺殺事件など問題は山積している。いろいろ協議された中でのパンダ貸与の「お願い」だったのだろうが、それでいいのか、と思ってしまう。
しかし、森山幹事長の要請も無理もなく、当たり前か。要請しないと大反発を食うかもしれない。パンダはなんといっても人気ものだ。日本でも世界でも。今回の返還によって改めて知らしめた。さらに上野動物園の2頭も来年2月が返還期限でこのままでは日本からパンダがいなくなってしまうのではないかというのが拍車をかけている。
1972年10月、日中国交正常化を記念して中国から2頭のパンダが上野動物園に寄贈された。これが日本で初めてのパンダだったが、日中友好ムードもあって、大フィーバー。翌月公開された時は「2時間並んで見物50秒」と言われた。渦中には居らず、九州で「すごいなー」と思っていた。その騒動はもちろん今回の比ではなかったが、新たな寄贈や赤ちゃん誕生などで人気は衰えない。
私はまだまだ日中友好ブームが続いていた1977年、長崎市の「日中友好青年の翼」の同行取材で、北京、上海を訪れ、上海の動物園で初めて見た。振り返るとこれが最初で最後だった。上野動物園のように特別な獣舎ではなく普通に展示されていたのが印象に残っている。
話は少しそれるが、今回の返還報道で知ったのだが、アドベンチャーワールドではワシントン条約加盟で、寄贈がされなくなった後、1994年、日中共同の繁殖プロジェクトとして、有料でパンダを借り受け、これまで17頭を育てた。アドベンチャーワールドには年間約100万人の観光客が訪れ、31年間で1256億円のパンダによる経済効果があったという。
白浜町には2008年春、高野山の帰りに1泊したことがある。その時、パンダの「パ」の字も知らなかった。この間、九州・山口に暮らしてきたが、上野動物園のパンダは新聞、テレビでガンガン流されてきたが、アドベンチャーワールドは流れて来たかなー。情報発信の中央の東京と地方の格差はすさまじいものがある。
歴史的なことは「中国パンダ外交史」(家永真幸、講談社)を参考に書いている。同書は、パンダが世界に知られた清朝時代の1869年から現代までの中国のパンダについて、それを利用した外交を著している。中国のパンダ外交の始まりは中華民国の蒋介石夫人の宋美齢が、パンダ2頭を米国への贈呈抗日のプロパガンダの一環だった。中国共産党の中国となって、冷戦中はソ連、北朝鮮に贈られたなどなど。
日本へのこれまでの寄贈やレンタルももちろんその流れであることは間違いないし、これからもそうだろう。
米中関係が悪いので、中国が日本との関係改善を図ろうとしていると言われる。先にあげた牛肉、水産物輸出はその表れの一つ(それは評価のし過ぎと考える)とされる。なぜその時、4頭全頭の返還なのか、さらに上野動物園の期限の延長等明らかにしないのか。(私が見聞きした)新聞もテレビも「レンタル期限だから」としか報じないが、これまで延長を繰り返したりして「期限」を融通無碍に扱ってきたのに、だ。
中国の意図は何なのか。森山幹事長ら関係者は知っているのだろうか。交渉で「お願い」ごとは、どうなのか。
グッとこらえてお願いせず、結果的にパンダが日本で見られなくなってもいいのではないか。(7月15日)
