投稿者:岸本 隆三
2024年5月に亡くなった猪飼隆明大阪大学名誉教授の「三池炭鉱の社会史―石炭と人の近代」(岩波書店)が6月下旬、刊行された。幸運にも編集者から贈与され先日、1週間以上かけてやっと読み終えた。
福岡ペン倶楽部関係者はご存知のように、猪飼先生にはお願いして2022年10月から23年4月まで同倶楽部で連続講座を開いていただき、「日本の近代化過程と九州」と題して6回にわたりお話をしてもらった。すでにすい臓がんの治療中だったが、講座の後の交流会(飲み会)には必ず出席して一緒に焼酎などを飲んだ。その席で「石炭の話をお聴きしたい」とお願いすると「私は石炭のことは詳しい」と番外で引き受けてくれて、5月に「三池炭鉱と地域社会」の演題で、約1時間半話された。機関誌の「KLASS FUKUOKA」への収録は翌年2024年5月刊行の第6号となった。
その内容は、三池炭鉱について、史料にあらわれる石炭の発見(1469年)から日本の組織的炭鉱経営と言われる柳川藩の採掘(1721年)、それに三池、熊本両藩が続き、維新後の1873年官営(国営)、さらに三井への払い下げ(1888年入札)まで話された。特にその労働力について詳しく触れ、当初の農民から、官営になってからの「囚人」、三井がそれを引き継ぎ、並行して一般からの鉱員を直接雇用とし、長崎・高島や筑豊で取られ悪評だった「納屋制度」を廃したのが特徴と強調された。
2023年5月の講座時には「三池炭鉱の社会史」の原稿は出来上がっており、それをもとに番外講座原稿も書かれたようだ。1年後には機関誌原稿をいただき、その校正をお願いした。その校正原稿に同封された手紙には、熊本大学付属病院に入院中だが、岩波書店から連絡があり、「三池炭鉱の社会史」が7月17日刊行と決まった。問題は校正作業だなどと書かれていた。手紙をもらって半月後には亡くなった。その後、教え子の三澤純熊本大学大学院教授の協力で校正を終え、予定より1年後の出版となった。
編集者からの手紙には「ご遺著」とあった。恥ずかしながら、初めて聞く言葉だった。広辞苑での第二義は「著者の死後に出版された書物」とあり、機関誌6号もその一つになるのかなと思ったりしている。
「三池炭鉱の社会史」は講座で話された部分を含んで、太平洋戦争を経て、戦後の総資本と総労働の闘いと言われた三池大争議(1959-1960年)から閉山(1997年)まで、開発、発展、衰退を新聞記事も含む多くの史料、資料をつかって多岐にわたり描いている。鉱員ら働く人に多くのページを割いている。
「囚人」労働については、それまで近くの農民が就労していたが、地底の仕事で嫌われ、農繁期には就労が減り、官営になった1873年に初めて囚人を出役させた。近くに集治監まで建てられ1888年には2144人には数え、三池炭鉱労働者の69%に上った。空気が悪く、薄暗い地底での11時間に及ぶ丸裸での作業、一般の1割の給与などなど。その過酷さに坑内で放火する事件まで起きている。これは一例でありすべてはとても紹介できない。
先生はあとがきで「いま、地球温暖化が問題にされ、石炭・石油・天然ガスなど化石燃料の排出する二酸化炭素が、その元凶の中心にあるとされる。化石燃料は、それほど遠くない時期に枯渇するに違いないという問題もあるが、われわれ人類に恩恵をもたらしてくれた、とくに石炭について、また地中深くから真っ黒になって石炭を掘出し続けた鉱夫たち(囚人鉱夫・朝鮮人鉱夫・中国人ら俘虜の鉱夫たちを含め)の歴史的存在について、あらためて心を通わせてみたいと思う」と書かれている。
三池大争議については「コストの高い国内石炭生産の整理・縮小過程で、この三池の大争議は闘われたのである。問題として、日本のエネルギー政策を価格競争の赴くのに任せたことがまずは問われなければならない。しかも、国家の庇護を全面的にうけ、労働者を集め、設備投資をして生産を拡大してきたのである。そうした産業を、国際的価格競争場裏に放り出した政府に最大の責任があるはずであるが、この争議の中でこのことがどれほど議論されたのか、また資本の側からの、そうした政府のエネルギー政策への批判がどれほど行われたのか、新たな検証が必要に思われる」と指摘している。極めて今日的な問題でもあると思う。
ついでに、私の三池炭鉱との関わりは、「三池炭鉱の社会史」でも簡単に触れているが、1984年1月、有明鉱での死者83人、CO中毒患者16人を出した坑内火災事故の取材だ。現場を踏むことはできなかったが、福岡市内にあった鉱山保安監督局を発生からカバー、さらに福岡県警、続く福岡地検の刑事処分をフォローした。発火原因がハッキリして予見可能性も十分などと言われたが、同地検は1986年5月、送検された有明坑幹部らを不起訴処分とした。この処分前に調べの中心だった複数の検事が異動になっている。
1963年11月、死者458人、CO中毒患者839人も出した三川坑炭じん爆発事故については詳しく触れている。業務上過失致死などで会社幹部が送検されるのだが、捜査していた4人の検事が異動した後、不起訴処分としている。
この一致は何なのかなー。有明坑取材の時には知らなかった。今、思うとどうしてだったのか、と反省する。
400ページを超える大部な著作である。読了がやっとだった。能力と知識加えて専門でもなく、うまく紹介できずに申し訳ない。税別3700円と少し高い気もするが、今を考える著作であると思う。読んでいただきたい。(7月10日)

