投稿者:岸本 隆三

 熊本市内の高校教諭OBらでつくる九州愚人会議に出席するため6月6日、熊本市を訪れた。同会議は、同市内で年3回、会員7、8人が気になる新聞記事をスクラップして持ち寄り、議論する。さらに、各界から講師を招き、講演してもらう。その後、焼鳥店で飲酒し議論を深める。講師は飲食代を出さなくてよく、それだけが謝礼。熊本大学の先輩が主要メンバーで7年前、講師として招かれ、その前年に歩いた「四国遍路」について話し、焼酎をご馳走になった。新聞凋落の時代に新聞のスクラップを持ち寄るというのがうれしくて、講演をきっかけにメンバーに加えてもらい、読売新聞、時にはスポーツ報知をスクラップして、参加している。
 福岡市を車で早めに出発、今年2月、熊本県菊陽町に開所した半導体受託製造最大手の台湾積体電路製造(TSMC)熊本工場を見に行った。九州自動車道熊本インターチェンジから阿蘇(東)方向に国道57号線を15分ぐらい進み、大津町境手前を北方向に左折した丘陵地にあった。「これかなー」と思いながら、最初は通り過ぎた。入口には「jasm」とあるためだ(JASMはソニーグループなども出資した運営会社)。近くを歩いていた若い男性に聞いて分かった。広く大きい工場なのだ。写真一枚には空からでないと収まらないだろう。事務棟1階は広い食堂になっているようで、ちょうど昼食時で多くの人が食事をしていた。すでに稼働しているようだ。北側には「SONY」の標示の大きなビル(ソニーセミコンダクタマニファクチャリングのようだ)があるが、道路を挟んだ南側はほとんどがトウモロコシ畑だ。それもけっこう広いのだが、すでに開発が決まっているのだろうか。分らない。東側の大津町にはビル建設用のクレーンが見え、その先には阿蘇の噴煙が上がっていた。
 車で北方向に進むと東京エレクトロンなど半導体関係の施設があり、さらに進むとクレーンが林立する工事現場に出る。ガードマンに聞くと「私は答えられません」。敷地面積37㌶と言われるソニーセミコンダクタソリューションの工場建設のようだ。後で調べるとすでに合志市に入っている。一帯ではTSMCの第2工場の建設も年内には始まり、道路が拡幅され、自動車道、インターができる。まだ大変貌の途中なのだ。
 一転して、熊本市中心部の中央区新町の「長崎次郎書店」に。読売新聞(5月24日夕刊)で7月から休業すると知ったから。熊本城の南、熊本市電の路面電車で上熊本行きのB系統の新町停留所そばにある。熊本には学生時代に4年住み、その後何度も訪れているが、同書店の前は滅多に通らない。しかし通れば、瓦屋根にタイル張りの外壁の特異な外観が気になっていたが、立ち寄ったことはなかった。
 熊本市で書店といえば、私にとっては上通りの「舒文堂河島書店」がお気に入り。1877年(明治10)創業の古書店だ。古文書、古書画から郷土史誌、文学、歴史などの全集や古本など売っている。私が自費出版した本も何年前か、置いてあった(笑)。夏目漱石が旧制五高の英語教師で熊本に居住していた時に利用していたことでも知られる。福岡市内にはない大きな古書店で熊本に行くとよく立ち寄り、諸橋轍次博士の「大漢和辞典」13巻(大修館書店)、「山頭火全集」11巻(春陽堂)などを買っている。
 長崎次郎書店は、読売新聞によると創業は1874年(明治7)と舒文堂河島書店よりも古い。森鴎外が訪れたこともあるという。建物は1924年(大正13)に建てられた木造2階建てで、1階に書店が入っている。1998年、国登録有形文化財に登録された。2013年にいったん休業したが、2014年に再開、2階は喫茶室に改造された。
 よくある街の書店で新刊書、雑誌などを売っていた。休業は他の閉店した書店と同様に本、雑誌が売れないためのようだ。熊本出身や関係する作家や事案などを扱った書籍を集めたコーナーがあり、猪飼隆明氏の「維新変革の奇才 横井小楠」(KADOKAWA)もあったが、すでに購入していたので、渡辺京二氏の「無名の人生」(文春新書)、葉室麟氏の「曙光を旅する」(文春文庫)を買った。葉室氏は福岡県出身だが、この文庫本は熊本、水俣を旅し、渡辺氏や石牟礼道子氏とも会い、話したことも書かれているからコーナーに置かれていたのだろう。
 2階の喫茶室に上がりコーヒーを飲みながら買ったばかりの本を開く。漆喰の白壁に黒光りする柱が立ち、天井には梁が見える。洋風の外観とは真逆の和風なのだ。ゴトゴトと音がして窓の外を見ると路面電車が走っている。コーヒーも美味しい。レジ近くに平積みされていた「旅する喫茶店」(旅行読売出版社)に、旅の途中にふと立ち寄りたくなる全国52店のひとつとして紹介されていた。喫茶室の営業は続けるという。
 菊陽町の半導体工場も長崎次郎書店喫茶室ももう一度、訪ねよう。喫茶室は、今度は電車で本を携えて行こう。(6月13日)

トウモロコシ畑から台湾積体電路製造(TSMC)熊本第1工場を見る (6月6日、熊本県菊陽町で)
今月で休業する長崎次郎書店。2階の喫茶室は営業を続ける (6月6日、熊本市中央区新町で)