投稿者:岸本 隆三
1974年から75年にかけての連続企業爆破事件で指名手配されていた「東アジア反日武装戦線」メンバー桐島聡容疑者(70)とみられる男が1月29日、入院先の神奈川県内の病院で末期の胃がんで死亡した。警視庁公安部は、桐島容疑者の親族とのDNA鑑定などで、同容疑者と特定、2月27日、被疑者死亡で書類送検した。
男は1月25日になって突然、「自分は桐島聡だ」と打ち明け「最期は本名で迎えたい」と話したという。「武装戦線」幹部7人が逮捕された75年5月に指名手配され、逃亡、実に半世紀潜伏していたことになる。同県内の土木関連会社で働き、入院時の氏名は「内田洋(うちだひろし)」と名乗っていた。
事件はリアルタイムで憶えている。最初の三菱重工ビル爆破(74年8月)は、すでに読売新聞西部本社に入り、山口支局で警察を回っていた。「ここまでやるのか」と驚愕した。75年5月に幹部7人逮捕も驚いた。産経新聞の特ダネだった。あのころの産経は警視庁に強かった。他にも大きな事件を抜いていた。産経は当時、九州を撤退していたが、山口県には早版が来ていた。特ダネの掲載は最終版だけだったが、容疑者の1人が山口県長門市出身で、聞き込みに行くとすでに産経の記者は取材済みだった。
事実関係は読売新聞を見て書いている。それにしても供述など新事実の記事は少ない。他には「ずっと一人で生活していた」と、公安部の捜査員から一連の事件について「後悔しているのか」と聞かれて「はい」と答えたというぐらいだ。重篤だったのでしゃべっていないのか、それとも公安部が漏らさないのか。半世紀にわたって人生を賭けて逃亡した男が「最期は本名(実名)で」は何となく分かる気がするが、一方で、事件を後悔するのか?と思う。もっと続報が読みたい。
これに限らず年初から実名や匿名について考えさせられることが相次いだ。
能登半島地震で石川県は1月15日になって遺族の同意が得られたとして犠牲者23人の氏名を公表した。犠牲者氏名の公表に遺族の同意が必要と決めているため、半月たっての発表となった。すでに、読売新聞は顔写真付で掲載されている犠牲者もいた。これは多分、読売新聞が遺族の同意を得たと推測される。県の公表が続いたこともあり、読売新聞は2月1日付で「能登地震1か月 戻らぬあなたへ」として犠牲者ら77人の顔写真(うち1人は集合写真で一緒の遺族)と、遺族らの犠牲者へのメッセージを3ページにわたり一挙掲載していた。同意が得られ写真の提供を受けた犠牲者76人だ。笑って正月を過ごし、これからもまだまだ生きていたであろう子供が、妻が、夫が、父母が突然、命を奪われる不条理。涙なくして読めない。
これが、ただ単に匿名の76人、100人、200人と人数の塊では無念さもその死を身近に感じることは少ない。
警察担当が長く事件、事故、災害の現場にもずいぶん足を運び、被害者、被災者の遺族取材、顔写真提供のお願いをしてきた。泣きたくなることも少なくなかった。顔写真取材は今でもやりたくないのが本音だ。取材される遺族はもっといやだっただろう。今でも申し訳ないと思う。仕事だから、他紙に負けたくないからでやってきたと思う。記事の訴求力など考えなかった。取材協力していただいた人々に感謝している。
桐島容疑者の「最期は本名で」を聞いて、実名、顔写真掲載は、鎮魂の面でも意味があったのではないか、と今、思う。
今回の地震では安否不明者は早く公表された。これは迅速な公表が救命につながるといわれ、石川県は家族の同意なく公表した。なお、福岡県は犠牲者名の公表は遺族の同意は原則不要としている。
1月18日、甲府地裁は2021年10月、甲府市内で住宅に侵入して夫婦を刺殺して放火した同市の無職遠藤裕喜被告(21、犯行当時19)に死刑を言い渡した。民法が改正され、成人が18歳になったが、改正少年法は18、19歳を成人とはせず、「特定少年」として大人に準ずる扱いをすることになった。これで、重大事件で起訴されると、実名報道が可能となった。甲府地裁が特定少年として初めて氏名を公表、特定少年への死刑判決も初めてだった。弁護士は控訴したが、遠藤被告が取り下げ、死刑が確定した。18歳から成人として選挙権という重い権利を与えたのだから、少年法も特定少年とかにせず、少年は18歳未満とし、18歳から全て成人とし、飲酒喫煙なども認めるのがスジ。実名、匿名問題というよりその中途半端の方が問題だ。
デジタル社会の進行、人権意識の高まり、個人情報保護法の施行(2005年4月)などで社会の匿名化はドンドン進んだ。高額納税者の公示制度も2006年度に廃止された。日本新聞協会は『実名と報道』(2006年12月発行)を出して「実名発表、実名報道が原則」と訴えるも集団的過熱取材(マスコミスクラム)問題などマスコミ批判も強く、匿名化は進んだ。2007年の刑事訴訟法改正で「被害者や家族の名誉や社会生活の平穏が著しく害される恐れがある事件」は匿名審理が可能になった。36人が犠牲となった京都アニメーション放火殺人事件で京都地裁は1月25日、青葉真司被告(45)に死刑判決を言い渡したが、公判では犠牲者19人、負傷者34人が匿名で審理された。被害者や家族の名誉なども分かるのだが、犠牲者まで匿名でいいのかと思わないでもない。
また2月15日施行の改正刑事訴訟法では、性犯罪のなどの被害者を保護するため容疑者に示す逮捕状、被告に送る起訴状、判決文も氏名を秘匿できることになった。面識のない加害者に名前を知られるのを嫌い、また二次被害を恐れて不起訴を望む被害者は多いと言われた。こちらは、遅きに失したと思う。
しかし、匿名化は進む一方だ。(2月28日)