投稿者:岸本隆三

 福岡ペン倶楽部代表理事、西日本新聞社相談役のまま亡くなった川崎隆生の追悼集「酔って候 追悼西日本新聞社相談役川崎隆生」(追悼集編集委員会編)に、捕獲されバンザイの格好をさせられたツキノワグマの横で川崎もまたバンザイしている写真が掲載されている。「山口総局駆け出し時代。どっちがどっち?」の説明が添えられた写真は50年近く前、当時の阿東町(町村合併で現山口市)に川崎の運転する西日本新聞の車で一緒に取材に行き、私がプライベート用に撮ったと記憶している。
 すでに九州ではクマは絶滅したと言われており、クマ捕獲の取材は九州側から見たらニュースバリューがあるという判断だったのだろうか。しかし、山口市でもクマが出て、「県庁所在地でもクマ」とニュースになっていた。当時は、やっぱり珍しかったのだろう。九州では出ないが、出ればそれこそ大ニュースだ。山口県はやっぱり本州で、今も昔もクマが出るのだ。私が生まれて初めてクマの肉を食べたのも山口で、だった。
 クマの人身被害が相次いでいる。環境省が11月1日発表した今年4月から10月まで山口県を含む全国18道府県で180人が被害に遭い、過去最多だった2020年度の158人をすでに上回っている。死者も5人に上る。
 今月に入っても続いており、福島県会津若松市の市役所から約500㍍の住宅街駐車場でクマに襲われたと見られる高齢女性が発見された。2011年夏、同市の東山温泉に1泊、翌早朝、散歩していると「会津藩主松平家墓所」入口にクマ出没情報の貼り紙(だったと思う)があり、よく墓地巡りをしている時だったが、墓所を避けて見学しなかった。しかしそこは郊外で緑も多く、出ると言われれば、出そうな雰囲気だった。今はどうも街の真ん中にも出没して、それも人を襲う。怖いなー。
 吉村昭の小説に「羆嵐(くまあらし)」(新潮文庫)「熊撃ち」(ちくま文庫)「羆(ひぐま)」(新潮文庫)がある。「羆嵐」は大正4年(1929)12月9、10日の両日、北海道天塩山麓の開拓村をヒグマが襲い、主婦2人ら6人を食い殺した惨事を題材に取っている。札付きで、素行は悪いが羆撃ち専門の猟師が仕留める。「熊撃ち」は7話からなる短編集で、やはり実話をもとにしており、多くが人を手にかけたヒグマを手練れの猟師が撃ち殺す。
 人も馬も牛も食うヒグマは怖い。そう言えば、北海道標茶町などで2019年から牛66頭を襲ったというヒグマ「OSO(オソ)18」がついに7月、駆除された。以前よりやせていたが、体長2・1㍍、体重330㌔。「OSO18」は駆除されたが、北海道はそれまでヒグマの駆除に力を入れていたのを1990年以降、保護重視に軸足を置いた(読売新聞)という。それが個体数を増やし、人などに被害を与えているのではないかとも言われている。吉村の小説の発表は1970年代だ。
 駆除から保護の流れは北海道だけではないだろう。自然保護、環境保全、野生動物保護が大きな流れだ。ツキノワグマが絶滅の危機にあるという四国は保護に力を入れているという。環境省は人とクマの共存を唱え、人とクマの距離の確保を呼びかける。こう被害が出れば、それは難しいと分かる。被害地域はもっと駆除を、と考える。
 環境省のホームページを見ると、今年4月から9月までの半年間で、全国で4304頭を捕獲し、4201頭を捕殺している。昨年までの10年間で3万9646頭を捕殺している。これは人を襲ったり、農作物に被害を与えたりして当局が許可した捕殺頭数で、狩猟は含んでいない。
 こんなに駆除しているのか、と正直思った。全国にどれぐらい棲息しているかは分らないため、これが多いのか少ないのかは分からない。しかし、単純に駆除すればいいとは言いにくい。求められるのは全国的な生態調査であり、それに基づく抜本的対策だ。それまで環境省のいう「人とクマとの距離の確保」でいいのか、どうすればいいのか、分からない。(敬称略)(11月14日)