投稿者:大矢 雅弘

 国内最大の食品公害事件であるカネミ油症事件で、真の原因物質を突き止めたことで知られる元九州大学大学院医学研究院准教授の長山淳哉さん=公衆衛生学・予防医学=が古里の高知県に帰郷して8年余りが過ぎた。昨年暮れには喜寿を迎えたが、いまも精力的に執筆活動を続けている。
 長山さんは1974年、カネミ油症の原因となった米ぬか油からダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)を発見した。胎児性の油症患者に与えたPCDFの影響などの解明に努め、厚生労働省の全国油症治療研究班のメンバーも務めた。
 2016年5月に帰郷後、最初に出版された「薬害エイズ事件の真相」(2017年刊行)は1980年代の厚生省、医療機関の対応を分析した作品で、高知出版学術賞を受賞した。「高血糖は万病の元」(2021年刊行)に続く今年8月の新著「糖質革命―毎食・ごはん半膳か食パン一枚が健康食の秘密!」では、厚生労働省が生活習慣病予防のために推奨する「日本人の食事摂取基準」を批判的に検証している。
 そもそも長山さんが、糖質(炭水化物)に取り組むきっかけは、2018年3月に受けた帰郷後で初めての特定健康診断だった。HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)の値が7・0だった。HbA1c値は、糖尿病である可能性があるかどうかを判別するための重要な指標だ。当時の体調からしても明らかに糖尿病だったという。肥満度の指標となるBMI(体格指数)は22で、まったくの標準体重だった。それでも糖尿病になったことで、日本人に特有の隠れ肥満型糖尿病かと思ったという。
 長山さんは前著「高血糖は万病の元」で、日本糖尿病学会が推奨する、カロリーを抑えた高糖質食では、糖尿病の治療ができないだけでなく悪化させてしまう可能性を指摘した。出版後、その問題について数人の医師と話をする機会があり、医師たちから聞かされた言葉に衝撃を受けたという。
 長山さんの主張に対し、ある医師は「私もそう思いますが、それを公言しないのは大人の対応です」と話した。その医師は10年以上、主食からの糖質摂取はほぼゼロという食習慣を続けており、いたって健康だという。大人の対応によって、その医師は糖尿病患者の症状が悪化するだけでなく、健常者が糖尿病予備軍になるのを見て見ぬふりをしているというのだ。
 新著では、科学的・医学的知見をもとに、国内で実施された臨床研究をはじめ、糖質制限の是非に関するディベート、生活習慣病予防などのための指標として採用されたBMIを策定する根拠となった国内外の数々の論文を読み解き、厚生労働省が定めた「日本人の食事摂取基準」の問題点を浮き彫りにしている。
 「日本人の食事摂取基準」に記載された、健康の保持・増進と生活習慣病の予防などためのBMIと推定エネルギー必要量について、いかに現実離れしている数値であるかを自身の実体験も交えて解き明かしている。
 例えば、一日に必要とされる推定エネルギー必要量は、男性で75歳以上の高齢者でも2000キロカロリーを超え、65~74歳では2400キロカロリー。長山さんは妻と鳥取県の大山登山に出かけた出来事を紹介し、朝から夕方までほとんど1日中歩いて2万5千歩近く歩けば、なんとか2400キロカロリーのエネルギーが消費できると指摘する。
 推定エネルギー必要量が全体的に多すぎると感じた長山さんは、推定エネルギー必要量を消費するのに、どの程度の身体活動が要求されるかを試算した。男性の場合、65~74歳では2万3千歩、75歳以上では1万8500歩である。「1日にこれほど歩けば遠からず過労で倒れるにちがいない」と述べ、推定エネルギー必要量があまりに多すぎると結論づけた。
 日々の生活で毎食、食前・食後の血糖値を測定し、糖質摂取の影響が極めて大きい事実に気づいた長山さんは、糖質エネルギー比率を50~65%としている摂取目標量を33%に抑えるよう提唱。具体的には、主食として食パンなら6枚切り1枚、ごはんなら70グラム(半膳)程度を推奨している。
 次なる著作のテーマは「亡国」と決まっている。長山さんが大学院時代に見て記憶に刻まれた映画に「襤褸(らんる)の旗」という作品がある。明治時代に足尾銅山鉱毒事件の解決に奔走した田中正造(1841~1913)の半生を描いた作品だ。田中正造は国会で政府を糾弾し続けたが、その一つに「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国なり」と訴えた演説がある。長山さんは「この地震大国になぜ、これだけ多くの原発があるのか。放射性廃棄物の処理も全然できず、どんどんたまっていくばかりなのに、こんなに原発を造って。それはまさに亡国です」。
 超高齢社会にあって、「生涯現役」は狭義の意味で、定年後も働き続けることとして使われる。だが、一般的にはもっと広い意味で使われている。「今までの人生で今が一番楽しい」という長山さんの生き方に、生涯現役を続ける心意気を感じる。「糖質革命」は論創社(東京)刊で2000円(税別)。(9月9日)