投稿者: 上原幸則

 元旦に思い出す古典の一文がある。吉田兼好の徒然草の第19段。大晦日の慌ただしさと哀感をつづった後、「かくて明けゆく空の気色、昨日にかはりたりとは見えねど、ひきかへめづらしきこゝちぞする。大路のさま、松立てわたして、花やかにうれしげなるこそ、またあはれなれ」。こうして明けてゆく元日の空の様子は、昨日と変わっているようには見えないが、新鮮な気がするという意だろう。清新な新年の空気感がよく出ている。約700年前の思いが現代に通じる。生成AIではこの情緒を醸し出すのは無理かも知れない。
 初日の出を福岡城天守台から拝んだ。ビルの上に上がる太陽に新年のエネルギーをいただいた。元日号の各紙のトップに目を通す。毎日新聞の「ロッキード事件の5億円を田中元首相の元秘書官が1974年参院選の候補26人に2000万円ずつ配布した際に作成した一覧表を入手した」という記事が圧巻。裏金に見る通り「政治とカネ」の問題は今も根深い。読売新聞は「台湾への侵攻能力を高めるため、中国軍が大型の民間船も展開させて合同で上陸訓練」。朝日新聞は「AIの時代に人間はAIに何を託し、何を託さずにいくか」を問う企画の1回目。西日本新聞は「TSMCの熊本進出に伴う地価高騰、地下水消費、人材流出、外国人移住、戸惑う自治体」など連載の1回目。
 12月31日の西日本新聞のコラム春秋と1月1日の朝日新聞の天声人語が高浜虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」を引いていた。内憂外患の折、貫く信念を持ちたい。
 初詣は3日、宇賀神社(福岡市中央区大宮)に参った。伝えによると、江戸中期に造営され、昭和の初めに奉納された博多祇園山笠の馬人形が天井につってあり、2005年の福岡県西方沖地震で社殿は破損したが、馬は落ちずに無事で「落ちない馬」と評判になり、受験生がお参りするようになった。手を合わせた中年の男性は「これで俺のツキも落ちない。競馬も勝ち運だ」。
 5日、仕事始めの日の朝、川崎市の明大馬術部の馬が厩舎を抜け出し、市中を走り回る騒ぎとなったが、20分ほどで自ら戻ったとテレビが伝えていた。鹿児島での小学生時代(昭和30年代)、山奥で伐採された木を道まで引き出すのは馬が担っていた。大人2,3人でやっとの丸太材でも馬は一馬力で悠々と引いていた。仕事を終えた馬方(うまかた)が一杯飲んで、ほろ酔いになるとつないでいた馬に乗り、馬が連れ帰っていたという話をよく聞いた。馬小屋と道順を記憶していたのであろう。馬は賢い動物だ。
 7日、近くの護国神社で七草祭り。巫女さんが春の七草をトントンと切って、参拝者には餅が配られた。コロナ禍でおかゆから餅になった。宮司の祝詞「睦月もはや七日となり‥」を聴いてているうちに今年の目標が定まってきた。新聞には「共生」の文字が目立つ。多くの人々と共に生きていけるよう、広い心を持とう。(1月13日)