投稿者:古賀 晄
「青春とは人生の或る期間をいうのではなく心の様相を言うのだ」。この一節で始まるサムウェル・ウルマンの詩「青春」(岡田義夫訳)に感銘を受けたのは確か還暦を過ぎて体力の低下を自覚し始めたころだった。「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」と続く言葉が気を取り直すきっかけになった。
改めてこの詩を思い出したのは、去年(2023年)11月の西南シャントゥールの定期演奏会だった。西南学院大学グリークラブOBによる男声四部合唱団で平均年齢75歳。年齢を感じさせないハーモニーの美しさと迫力は1700人満席の聴衆を魅了した。さらに驚いたのは、81歳のOB会長が4ステージ2時間の演奏をすべて暗譜(楽譜を見ないこと)で通したことだ。ほぼ1年間、定演に向けて練習を重ねているからメンバーの誰もが曲をマスターしているものではある。しかし本番ではミスが許されないから楽譜を見ながら望むのが一般的だが、会長は団員50人余の中でただ1人、最前列で指揮棒から視線をはずすことなく全曲を歌い切ったのだ。
これに触発されて、気に入った曲を完全マスターしようと思い立った。夫婦でカラオケに週に1回のぺースで通うのが楽しみなのだが、実力は妻に後れをとっている。理由の一つは動体視力の衰えだ。うろ覚えの歌詞を見ようとするからテンポが微妙にズレる。これを克服するには歌詞と音程、リズムを完璧に覚えるしかない。
まずチャレンジしたのは「AMAPOLA」(スペイン語でヒナゲシのこと)。想いを寄せる女性をヒナゲシに例えて切ない恋心を歌い上げる名曲だ。英訳版の歌詞が生まれて大ヒット、多くのアーチストがカバーしている。なかでも甘い声と圧倒的な声量で魅了する世界的なテノール歌手ブラシド・ドミンゴの歌が有名だが、これはハードルが高過ぎる。そこで自分に音域が合っている沢田研二の曲に目を付けた。1番が英語、2番は湯川れい子作詞の日本語で、化粧品のCMでもよく知られている。4分余と比較的短いし英語の歌詞も難しくない。
だが、「組みし易し」と軽く考えていたのが間違いだった。スマホにダウンロードした曲を繰り返し聞いても歌詞を覚えられない。暗記力がゼロに等しいのに愕然とした。暗記力が退化したのはスマホやパソコンで調べれば即座に答えが見つかる便利な環境にどっぷりハマってしまったからだ。「齢だから」という言い訳も脳の劣化も認めたくない。それならと「体で覚える」昔ながらのやり方で、歌詞を何度も何度もメモ用紙に書いていると少しずつ成果が出てきた。まるで写経だが年寄りには暇だけはある。あとはやる気と根気だけだ。
詩「青春」は「燃ゆる情熱、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春というのだ」と、しぼみかけた魂を奮い立たせる。たかが歌詞ひとつの暗記にムキになったが、世の中の不条理、理不尽に立ち向かう気力も、いつまでも持ち続けねばなるまい。(3月27日)