投稿者:上原 幸則
文化庁が、「古代日本の『西の都』~東アジアとの交流拠点~」(太宰府市、佐賀県基山町など5市2町)を日本遺産の認定から除外すると発表したことを受けて、再申請へ向けて地元自治体は努力すべきではと、2月に投稿した。
新聞によると、福岡県と7市町は11月17日に再申請はしないことを確認した。観光や周遊を重視する国とは方向性が異なることを理由にあげている。「西の都」は太宰府天満宮を中心に水城跡など30の文化財で構成されていたが、各文化財へ周遊させる方策が不十分、認知度不足などで取り消された。21日に太宰府から、佐賀県の基肄城跡と回ってみた。距離約20キロ、車で30分。途中の道は狭く、駐車場から基肄城跡までは斜面。2か所回るだけでも一日がかりで、30か所をじっくり回るとなると、数日がかりとなる。また、バス路線は無く、車でないと周遊は難しい。県などは地域にあった取り組みで、魅力を高めていくとしており、この方向性が国に頼るより、良策と思う。
4月の福岡ペン倶楽部講演は、前太宰府天満宮権宮司・味酒安則さんの「菅原道真公と太宰府、そして天神信仰」で知識を深めるのに大変、役だった。
2月の講演は、石風社代表でペシャワール会理事の福元満治さんの「水俣 そしてアフガニスタン 一出版人の軌跡」だった。講演を聴いて、改めて水俣病、そしてアフガニスタンで医療・大地の緑化に生涯をささげた中村哲医師への関心が高まった。
家庭教師運営会社が「水俣病は遺伝する」と誤った内容を配信していたことが5月に報じられると、新聞報道に関わってきた者として「正しく伝える」ことが、いかに重要か再認識した。 鹿児島県さつま町は同町出身、水俣病研究の第一人者で被害者の診療・救済に尽くした原田正純さん(1934~2012年)の功績や生き方を掲載した漫画3000冊をつくり、学校などに贈っている。漫画を見ると、医者としての責任から胎児性水俣病の認定にたどりつく過程が描かれており、子どもたちにも水俣病が正しく伝わっていくだろう。
石風社から3月に出た「水俣病にたいする企業の責任」(1976年の増補・新装版)は、水俣病に関する古典でありながら、企業とは、行政とは、環境と共存について今も考えさせられる。水俣病公式確認から69年、風化を懸念する一方、患者認定や賠償を求める訴訟が続き、新たな救済法案も出ている。成り行きを見守りたい。
中村哲医師が銃撃され亡くなって6年。11月15日、西南学院大であったペシャワール会の報告会に行った。8月のアフガニスタン大地震の後、現地で支援にあたったPMS室長の藤田千代子さんは「中村さんの団体が来てくれたと感謝された。若者も知っていて手伝ってくれた」と語った。ハンセン病診療も再開、意思は引き継がれている。
今年の漢字に個人的には「高」をあげる。高市総理と物価高から。新年は日中関係、物価とも落ちついた年であってほしい。(12月8日)
