投稿者:大矢 雅弘
福岡県八女市立花町白木の田中真木(まき)さん(86)が四季折々に作った料理の世界を伝える「あんばいの食卓 里山の家庭料理」が発刊された。
真木さんの地元にある「白城の里(しらきのさと) 旧大内邸」は明治から昭和の初期にかけて、日中友好親善などに尽力した政治家、大内暢三(ちょうぞう)(1874―1944)の生家だ。1884年ごろに建てられた町家造りの建物で、現在は市の有形文化財に指定されている。1990年代には空き家になり、廃屋同然になっていた旧大内邸を地域の財産として後世に残そうと立ち上がったのが、それまで専業主婦だった真木さんだ。
真木さんが代表を務める「白城の里 旧大内邸保存会」の活動が実を結び、修復工事を経て、保存会が管理を任された。しかし、旧大内邸を訪れる人たちが食事をする場が周辺にもなかった。昼食時間帯の来訪者に真木さんが手料理を振る舞ったところ、その料理の評判が広まった。やがて地元の旬の朝取り無農薬野菜を使ったコース料理「母の膳」を金、土、日曜日に提供するようになった。中庭や山里の景色をながめながらいただく「母の膳」はプロの料理人たちも絶賛する味わいで、予約が取れないほどのにぎわいを見せた。ただ、残念なことに現在は「母の膳」の提供はお休みしている。
同書の編集にあたったのは福岡市のグラフィックデザイナー、田中里佳さん(52)。約15年前に「母の膳」に出あって、すっかりファンになり、旧大内邸に通い詰めた。いまでは旧大内邸の企画を手伝うまでになっている。
里佳さんが真木さんの料理の世界観を書物としてまとめる構想を提案した際、真木さんは「本の形にするのは、できんと思うよ」と応じたそうだ。真木さんはまず献立が先にあり、きちんとしたレシピがあって、グラムで計って、料理に入るといった手法は選ばない。近所からどっさり届いたりする野菜の顔と向き合ってから、「これをどうやったら一番美味しく食べられるか」と考え、献立が決まるという。「料理はグラムでは考えていない」という真木さんの料理との向き合い方をもとに、同書はグラム表記でないと伝わりづらい料理のほかは、あえてグラム表記を外している。
「その日にある野菜と向き合って作るちゅうのが家庭料理の醍醐味で。そこに分量とか献立が出てくると料理する人の楽しさが全然ないとたい」「きちんとレシピにしてしまうと、必ず、そういう型にはまってしまうのよ。素材に向き合う本能的で大切な感覚が退化してしまう」。同書は料理の紹介に加え、睦月、如月、弥生と月ごとに、真木さんらしい語り口調で、料理に対する心構えにとどまらず、家族や地域との向き合い方が伝えられている。
B5判変型、128ページ。八女地方の豊かな農産物を活用し、食文化をともに学び里山の暮らしの豊かさを次世代に継承していこうと立ち上げられた団体「母の膳推進協議会」が発行した。書籍の発刊と前後して、同協議会が動画投稿サイト「You Tube」に配信した「八女の里山のおだいどこ―伝えたいこと・残したいこと―」で、真木さんの肉声に触れることができる。問い合わせは「白城の里 旧大内邸」のホームページ(http://o‐uchitei.net)へ。(2022年5月18日)