投稿者:大矢 雅弘

 待望のNHK新番組「新プロジェクトX」を見た。無名の挑戦者たちの姿を追う人気ドキュメンタリー番組の復活だ。初回は高さ634メートルの東京スカイツリーの建設工事の舞台裏に迫った。
 数々の知られざるドラマが満載だったが、なかでも興味深かったのは、成否の鍵を握ったのが「お花見」だったという話だ。ゼネコンは下請け会社を3グループに分けて工事を進めた。当初は互いにライバル視して会話も少なかったが、とび職たちは桜の木の下で酒を酌み交わしたのをきっかけに、次第に協力体制がつくられていったという。
 いかにも飲酒文化がどっぷりと浸透した「昭和世代」らしいエピソードだと思った。この秘話は、もっと若い世代、例えば10代から40代前半までのいわゆる「Z世代」や「ミレニアル世代」が当事者だったら、果たして生まれただろうかと考えたりもした。
 職場での飲み会やお酒を飲む若い人が減っているという話は、定年前の職場でもしばしば耳にしていた。みんなで楽しくお酒を飲む「酒宴」スタイルの集まりはコロナ禍でさらに少なくなったに違いない。若い世代は、かけたお金や時間に見合った結果を求める「コスパ」「タイパ」意識が強いとされ、飲酒にさほどメリットを感じなくなっているとみられることも関係しているかもしれない。
 そんな傾向がさらに加速していくのではないか、と感じさせられるのが「ソバー・キュリアス」という現象である。ソバーとは英語の「sober」で「しらふ」という意味。キュリアス(curious)は「好奇心が強い」。ソバーキュリアスとは、飲めるけれど、自らの意志であえて飲まない(あるいは少量しか飲まない)というライフスタイルだ。イギリスのジャーナリストであるルビー・ウォリントン氏が2019年に出版した書籍のタイトル(日本語版は2021年発行の『飲まない生き方 ソバーキュリアス』方丈社刊)に由来する。
 飲まない人たちの増加という時代の風潮に呼応するように、スーパーの棚を見ても、ノンアルコール飲料の市場が拡大し続けていることがうかがえる。日本において、ノンアル市場の誕生のきっかけは2007年、道路交通法の改正により、飲酒運転が厳罰化されたことだ。前年の06年8月、福岡市で一家5人の乗った車が飲酒運転の車に追突されて海に転落し、幼児3人が犠牲になるという痛ましい事故が起き、大きな社会問題となった。これが契機となって09年に世界初の「アルコール分0・00%のビール風味炭酸飲料」として「キリンフリー」が誕生した。最近では、ノンアルコールの日本酒が創業260年の福岡の老舗酒造から登場したというニュースを見て、ノンアルコール飲料もここまできたか、と驚いた。
 私自身は、自宅で毎日、ビールやワインを飲み、時に日本酒、バーボン、グラッパ(イタリアの銘酒)、泡盛、焼酎などに親しんでいる。ただ、年齢を重ねて、肝臓のアルコール分解能力が落ちてきたのか、気分が乗らない時もある。そんな時は、ノンアルビールを飲んでやりすごす日も時々ある。ソバーキュリアスというライフスタイルに興味はあるものの、そう簡単にお酒をやめられるものではないというのが実感だ。そんなことを考えながら、今夜もまた、お酒を飲むのだろう。(4月22日)