投稿者:大矢 雅弘
福岡市・天神の旧天神ロフト前にある人気のフレンチ屋台「レミさんち」。11月下旬の火曜日の午後5時、赤い三角屋根が目印の屋台の前で順番待ちの先頭に立った。実は、その約2週間前の平日午後5時半過ぎに訪れたところ、すでに約30人の列ができていたため、出直しを余儀なくされたのだ。午後6時の開店後、無事に10席ほどの椅子が並ぶ客席の端っこに坐れた。
フランス人店主のグルナー・レミさんら4人のスタッフは全員、外国人で店内はフランス語が飛び交う。「めっちゃ熱いよ」などと滑らかな日本語で話すレミさんが「どこから来た?」と客に問うと、客は口々に「埼玉」「大阪」「岡山」などと県外からの観光客であることを明かした。第一陣で着席した客で地元組は私と妻だけ。SNSの威力を改めて目の当たりにした。順番待ちの人たちが大勢並ぶなか、お薦めのエスカルゴやエビのアヒージョ、野菜たっぷりのキッシュ、スパークリングワインなどを堪能し、30分ほどで店を後にした。
福岡市の公式シティガイド「よかなび」によると、同市では最盛期の1960年代、400店を超える屋台が夜の街を彩っていた。しかし、歩道占有の不法営業や汚水のたれ流しなどが常態化し、屋台営業が社会問題化した。その結果、規制強化や経営者の高齢化で廃業が相次ぎ、2010年には約150軒にまで減少した。
転機は2011年6月、その前年に市長に就任した高島宗一郎氏が議会で「屋台を残したい。あり方を検討したい」と表明。屋台を残す方向へかじを切り、2013年には全国初の屋台基本条例が施行された。2016年には、減り続ける屋台を観光資源として維持しようと、原則一代限りだった屋台経営への新規参入を可能にする公募も制度化された。「レミさんち」は2016年に行われた初の「屋台公募」に手を挙げ、唯一の外国人経営者として参入が認められ、2017年4月に公募「1期生」としてオープンした。
公募による新規参入は第1回の23軒を振り出しに、昨年まで計4回行われた。昨年は過去最高となる競争倍率5倍の難関をくぐり抜けた13人が、中洲・天神地区に6軒、長浜地区に7軒の屋台を出店。2024年1月末現在、福岡市内では103軒の屋台が営業し、約4割を公募屋台が占めている。
働きながら大学院に通い、屋台を主題にした論文で博士号を取得し、「福岡市屋台選定委員会」副委員長を歴任した八尋和郎さんによると、屋台の経済波及効果は2011年12月の調査で53・2億円だったが、2023年11月の調査では104・9億円と約2倍に拡大した。増加理由として、前回と比べ屋台1軒あたりの平均客単価1500円→2千円、1軒あたりの来客数30人→45人などと算出した。
米国を代表する高級紙、ニューヨーク・タイムズは毎年1月、「今年行くべき場所」を発表している。2023年版では世界52カ所の中に、日本では福岡市と盛岡市の2カ所が選ばれ、大きな話題となった。その際、掲載された福岡市の写真は屋台の写真で、紹介文の見出しは「見過ごされがちな九州で、絶滅危惧種の屋台料理を味わう(拙訳)」だ。
続く本文では「九州の北岸に位置する亜熱帯都市・福岡は、屋台が軒を連ねる日本で数少ない場所のひとつだ。多くはラーメン、焼き鳥、おでんなどの伝統的な食べ物を売っているが、福岡の歓楽街である小さな島、中洲の川沿いを散策すれば、ワインやコーヒー、さらにはフランス産ソーセージやガーリックトーストなど、多様な食べ物を見つけることができる……(拙訳)」などと紹介している。
「博多の夜の風物詩」と称される屋台が、市民や観光客らに「いいね」と思ってもらえるような存在として、夜の街に灯りをともし続けてほしい。(12月6日)