投稿者:大矢 雅弘

 落語界初の人間国宝、五代目柳家小さん(故人)を祖父にもち、戦後最年少の22歳で真打となった、実力派の人気落語家、柳家花緑さん(54)。その花緑さんを講師に招いた「発達障がいの本当の問題について」と題する落語と講演会の案内を「ふくおか市政だより」で見て、花緑さんに発達障害があったことを知った。
 集いで花緑さんは、古典落語の演目の「親子酒」や新作落語の「猫と金魚」に加えて、「カエルが学校から帰るよ、ゲコー」や「私、編み物世界一。このセーター5分で編み上げたんです。シュゲー~」といっただじゃれ小噺も交えて、お客さんを笑わせた。
 本題となる講演で、花緑さんは、識字障害(ディスクレシア)という学習障害(LD)がある、と語った。学習障害とは、基本的に全般的な知的発達に遅れはないけれど、聞く、話す、読む、書く、計算する、推論する能力などのうち、特定のものがうまくできない障害だ。花緑さんの場合、「文字」の認識にかかわることが苦手だという。さらに注意欠如・多動性障害(ADHD)の特性もあるという。
 花緑さんは小学生のころから、勉強がまったくできない完全な落ちこぼれで、通知表の成績は1と2ばかりだったという。ADHDの特性の一つで、しゃべり出したら止まらない多弁の傾向がある。小学5年のころは、授業中におしゃべりを続け、先生から往復ビンタを食らうことがたびたびあったそうだ。 
 「自分は発達障害では」と気づいたのは、40歳を過ぎてテレビ番組「ジョブチューン」に出演し、中学生の時の通知表を公開したのがきっかけだった。それを見た視聴者から「うちの息子と同じ障害ですね」というメールが届いた。はじめは障害という言葉に不快感を覚え、メールへの返信で、「実は音楽と美術は5です。息子さんの障害とは違うと思います」とやんわりと否定した。すると、また返信がきて「うちの息子もそうでした。やはり息子と同じ識字障害ですね」と太鼓判を押された。その後、花緑さんは自身の障害を受け入れるようになった。識字障害が原因だったとわかり、それまでの「自分はダメだ、できないんだ」という思いから解放され、自己肯定感が上がるようになったという。
 発達障害の専門医であり、現場での臨床経験も豊富な岩波明医師は著書「発達障害の子どもたちは世界をどう見ているのか」の中で、発達障害者の中には、世の中を変える能力やパワーを持った人たちが少なからずいると指摘。発達障害を公表している著名人として、国内から、歌手の米津玄師さん、楽天創業者の三木谷浩史さん、ニトリ会長の似鳥昭雄さんらを挙げている。海外でも、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツさん、映画監督のスティーブン・スピルバーグさん、俳優のトム・クルーズさん、キアヌ・リーブスさんら数々の著名人の名が挙げられている。
 私自身も、取材で発達障害の人たちが自身の個性を活かしている現実に触れたことがある。数年前に熊本県天草市で「アール・ブリュット」の展覧会が開かれた。アール・ブリュットとは、専門的な美術教育を受けていない人が湧き上がる衝動に従って制作するアートを総称する言葉であり、「加工されていない芸術」という意味のフランス語が語源だ。「生(き)の芸術」とも訳される。
 熊本県玉名市のちぎり絵作家、荒木聖憲(みのり)さんの「四季彩の楽圓」と題する作品は、驚くほどの精緻さで来場者の目を引いた。極小の色紙を縦1メートル、横2メートルの画用紙に張り付け、制作に2600時間をかけたという「超大作」に息を呑んだ。
 文部科学省が2022年に実施した「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果」によると、「知的な発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示す、発達障害の可能性がある」と思われる児童生徒の数は8・8%。10年前の6・5%から増加している。
 ADHDの人には、自分の好きなもの、興味のあるものに対して、とことんのめり込むという傾向が見られるという。花緑さんには多弁の傾向もあるのだが、そんな特性も落語家にとってはプラスに働いたのだろう。中学卒業からわずか7年で、並み居る先輩たちを押しのけて真打になった。
 花緑さんは講演会で、発達障害を「問題点」と考える、世間の見方に疑問を呈した。自らの半生を振り返り、「好きなことさえ見つけられれば、ずっと伸びていく」と強調した。発達障害のいいところである過剰集中をすばらしいプラスの個性と見なし、本人が打ち込める対象を見つける手助けをしてあげることが、両親をはじめ、本人を取り巻く人たちに求められるのだろう。(8月18日)