投稿者:古賀 晄

 11月18日午後3時過ぎだった。大株に育った月下美人の冬支度をしていると、めまいが始まり、息苦しく体全体から力が抜けていくような倦怠感に襲われた。あいにく妻は介護施設でのボランティアに行っていて自分以外誰もいない。ベッドに横になったが、症状は悪くなるばかりだ。帰宅した妻が手早く血圧測定すると脈拍が145と異常に高い。
 「救急車を呼ぼう」と言った妻に対して、「これしきのことで救急車をタクシー代わりに使うのは気が引ける」と主張したものの、内心では呼吸器内科で治療中の特発性間質性肺炎の「急性増悪」を疑っていた。「異変を感じたら迷わず救急車で」と主治医に厳命されていたからだ。決断力が早い妻は、まず#7119(救急安心センター)に電話した。消防と医療が連携した短縮ダイヤルで医師や看護師など専門家が対応してくれる。
 妻は症状を簡潔明瞭、的確に伝えた。脈拍の異常数値を聴いた看護師が救急搬送を勧めたので、すぐ119番。10分足らずで救急車が到着した。新聞記者時代には事件事故の現場で救急搬送される様子を何度も取材したが、自分が救急搬送されるのは80年の生涯で初めてだ。
 救急隊員3人が手早く心電図モニター、血圧計、体温モニターを私に装着した。わが家はマンションの11階だ。エレベーターにストレッチャーは入らない。「どんな方法で運ぶのか?」と思っていると、持ち手が6つついた布担架に乗せられた。隊員3人で抱えるとソファに座った形状になるので、狭いエレベーターでも問題なく搬送できる。「うまくできている」と感心する余裕さえ出て来た。地上でストレッチャーに移されて救急車内に収容、サイレンを鳴らして走行しながら受け入れ先の医療機関を探して連絡を入れ始めた。厚かましくも呼吸器内科を受診している福岡徳洲会病院(春日市)への搬送を希望すると、受け入れOKの回答。同病院の救急受け入れ件数は全国で3番目に多いという。ベッド脇の隊員が私の体に装着した計器のデータを病院側に逐一伝えつつ救急車は走る。その手際の良さに安堵感が出て車内を見渡すと、最新の救急車はさまざまな救命装置を備えているものだと改めて感心した。
 福岡徳洲会病院のER(救急救命センター)では、数人の医師と看護師によって胸部X線とCT撮影、血液検査などこれまた手際よく行われ、点滴を受けて容態は次第に落ち着いて来た。ER室に寝かされて1時間後、若い医師の所見では「発作性上室頻拍です。間質性肺炎の急性増悪ではなく、入院の必要はありません」との説明で安堵した。「先生、また同様の発作が起きたらどうすべきか?」と尋ねたら、「その時は迷わず救急車で。緊急治療を要しますから」。
 安心してベッドから降りようとしたら履物を忘れたことに気づいた。状況を察したスタッフが「救急搬送の患者さんにはよくあることですよ、これ使ってください」と新品の使い捨てスリッパを出してくれた。
 福岡県内の救急車は202台(うち非常用救急車35台)、救急隊員は2270人。このうち福岡市消防局の救急隊は33隊、救急車34台を保有しており、119番通報から病院到着までの時間が日本一早いとされている。全国平均が40分36秒に対して福岡市の場合は33分14秒と7分以上も早い(2020年度)。さらに2022年度には機動救急隊を発足させた。救急搬送が多い時間帯や地域を分析して、その地域に待機していち早く現場へ急行する仕組みだ。サッカーの守備専門選手を意味するイタリア語を用いて「救急のリベロ」と呼んでいるそうだ。
 ただ、救急車の利用増加は福岡市でも10年前の1.5倍増だという。いまだに多い救急車をタクシー代わりに利用するなど厳に慎まなければならない。(11月23日)