投稿者:古賀 晄

 どういうわけか福岡県民は電車や地下鉄では行列を作るのに、バスでは少ないように感じる。ドアが開くとワッと押し寄せるので高齢者ははじかれてしまう。坐骨神経痛のためステッキにすがらねばろくに歩けない身にとって、バスに乗り込むのは大変難儀する。
 2年前のある日の午後、会合に参加するため福岡市南区大橋から同市中央区天神行きの西鉄路線バスに乗った。目的地までは30分ほどかかるので座りたかった。この日もご多分に漏れず乗り口に我先に人々が殺到した。左側前方の優先席2つは、すばやく乗り込んだ大学生風の若者2人に占拠された。彼らはさっそくスマホのゲームに夢中だ。この光景を苦々しく思いつつ、もみ合いの末にやっと乗り込み、後部座席に空きを1つ見つけてなんとか座わることができた。
 座席がちょうど埋まる程度の混みようでバスは発車した。次のバス停で足元がおぼつかない高齢女性が乗って来た。すると座っていた高校生風の少女がサッと立ち上がって「どうぞ」とバレーダンサーのように軽やかな手つきで誘導した。「2つ先までだから」と遠慮する高齢女性に少女は戸惑った表情をしている。「せっかくだから座らせてもらったら」と後ろの中年女性が気を利かせたお蔭で高齢女性はやっと席に座り、「ありがとね、ありがとね」と嬉し気に何度も礼を言った。
 この高齢女性がバスを降りると、少女は車内を見回して座席に戻った。次のバス停でステッキをついた初老の男性が乗車すると、誰よりも早くサッと立って「どうぞ」という仕草をした。男性は当然至極といわんばかりの尊大な態度でその座席に座った。こういう光景が何度か繰り返されるうちにバスは混んできて少女は立ちっぱなしになった。彼女が背負ったリュックから下がったストラップ型の赤いタグに目が留まった。名刺ほどの大きさで白い十字とハートのマークがある。
 調べてみると、外見ではわからない障がいや疾患、難病や知的障がいがあり援助や配慮が必要なことを知ってもらう「ヘルプマーク」だとわかった。あの少女は席を譲る時に身振りだけで席を譲ろうとしたから、言語障害があるのだと推察した。
 ヘルプマークは、東京都議会の人工関節を使用している女性議員の提案で2012年に東京都庁が考案、日本グラフィックデザイナー協会の協力で完成した。同年10月から東京都独自の取り組みとしてサービスが始まり、徐々に全国の自治体に広がっていった。福岡県・福岡市では2020年5月から配布を始めており、福祉関係の窓口で難しい証明なしで受け取れる。
 私もあの少女のタグを見た2022年秋に交付してもらった。2年経った現在では西鉄バスの優先席にもヘルプマークが表示されているので、認知度は少しずつ高まっているように感じる。ただ、私の肩掛けバッグにぶら下げたヘルプマークを見て、「それはなんのまじないか」などと冷やかし半分で問われることがまだある。個人的な感想だが、ヘルプマークをつけていても席を譲られるのはまれで、ステッキの方がまだ効果がある。広く認知されるには、まだまだかな?(9月12日)