投稿者:古賀 晄

 認定NPO法人ジャパンハートの東南アジアでの医療活動が2025年で30周年を迎えた。2026年1月20日に西南学院コミュニティーセンターで開催されたセミナー「命の尊厳」で、創設者の吉岡秀人最高顧問は2025年7月時点でミャンマー、カンボジア、ラオスの3か国での治療は累計約40万件に達したことを明らかにした。
 吉岡秀人氏は「途上国で苦しむ人々を助けたい」との強い思いを医師を志した時点から抱いていたそうだ。大分医科大学(現大分大学医学部)を卒業して小児外科医として経験を積み、その思いを実現するため1995年に単身、ミャンマー(ビルマ)に渡った。
 太平洋戦争の戦没者を弔う慰霊団から、ミャンマーの医療過疎の現状を聞いたのがきっかけだった。人口32万人の地域に医師はたった1人、医療関係の国家予算わずか1%という現実を目の当たりにして、ここが活動の第一歩となった。
 活動の舞台となる3カ国は政情不安定や大地震などがあり、しかも無報酬にもかかわらず、日本各地からの参加者は医療従事者だけで延べ4500人を超える。地域別内訳は未公開だが、九州からの参加者が一定数を占めるのは間違いない。それは、①九州・沖縄での説明会や見学会が定期開催されている②佐賀市にジャパンハートの「従たる事務所」がある③九州大学病院が2016年から海外医療支援に参加、2024年にジャパンハートとパートナーシップ協定を締結していることなどが背景にある。同大学病院のほか、福岡大学病院や久留米大学病院、佐賀大学医学部などから医師や看護師、医療技術者が多く参加している。現地での活動中は無報酬である。
 私の若い友人である看護師2人もボランティアに参加した。
 紫原智子さんは、私の子どもと同じ剣道クラブだった。のちに福岡市に開院した病院広報顧問だった時、看護師の紫原さんと再会した。紫原さんは、2012年7月から2013年8月まで、ミャンマーのワチェ慈善病院などで医療活動に参加した。「情熱と使命感を持って昼夜なく頑張った」というものの、その日常は過酷だった。「朝5時に起きて7時には手術が始まる。手術は1日に20件を超えることもしょっちゅうだった」と。
 現在は、日本語教師資格を取得、外国人実習生に日本語を教えている。受講生には大勢のミャンマー人がいるそうだ。やがて彼らは日本で人材不足の介護の現場で活躍するだろう。
 もう1人は、看護師の酒井和幸君。最初に会ったのは、熊本地震の被災地でのボランティア基地。何度か被災地に通ううちに仲良くなった。彼は2014年5月から4か月間、ミャンマー、そのあとカンボジアの拠点医療施設やジャパンハートと協力関係にある長崎県上五島病院、東日本大震災の被災地にある女川町地域医療センターで働いた。
 医療従事者ではないが、私がテレビ局に出向していた時に入社して、今は岡山県でフリーアナウンサーをしている金子陽子さん。2019年10月末から11月上旬にミャンマーのワチェ慈善病院を取材、吉岡医師やジャパンハートの活動を撮影、制作したドキュメンタリー番組のVTRを送ってくれた。生まれたばかりのわが子を背負い、コツコツと編集に取り組んだという。彼女は「国際医療奉仕の記録が私のライフワーク」と、海外医療支援に焦点を当てた仕事を続けている。
 政情不安や報酬も顧みず「命を救う」ために志願する若者が輝いてみえる。(2月16日)
*吉岡氏の吉は正しくは𠮷です。