投稿者:古賀 晄

 向田邦子の小説『あ・うん』には、幼なじみの二人が、互いの呼吸を読んで相手の不足を補う。説明すればこぼれ落ちてしまうような、あの独特の間合いだ。三十年ほど前、ローカルテレビ局で総合ニュースデスクを務めていた頃、私はその“あ・うん”の世界を、毎日のように肌で感じていた。
 読売新聞西部本社から、鹿児島読売テレビへ出向したのは、開局六年目だった。バブルがはじけた後に誕生した最小規模のローカル局で人員は鹿児島県内の他系列局の半数以下。ぎりぎりの人員で新卒五年目以下の若いスタッフが大半を占めていた。五十歳半ばの私とは親子ほどの歳の差だ。新聞記者の世界もチーム力は大切だが、特ダネ記者は特に重宝される。しかしテレビ報道はまるで違った。秒単位で流れが変わり、誰か一人がもたつけば番組全体が崩れる。最初、私はそのスピード感とチームプレーに戸惑った。
 夕方の一時間枠ニュース番組の本番直前は、しばしば戦場のようだった。怒号が飛び交い、誰もが走り、誰もが機敏に動いた。生放送は一歩間違えば放送事故につながる。張りつめた空気の中で、本番中に火事など突発の事件・事故が飛び込むと、どこの枠を切り取り差し込むかを瞬時に判断して指示を出さねばならない。CMのわずか数十秒間に原稿を整え、映像を選び、テロップを打ち込み、キャスターに渡す。誰も指示を待たない。それでも全員が、次に何が必要かを察して動く。だが、若いスタッフたちの動きは驚くほど軽快だった。カメラ、キャスター、レポーター、音声、照明、スイッチャー、テロップ、そしてアルバイトの学生まで全員が互いの動きを察して自分の役割を果たす。
 向田邦子が描いた“あ・うん”の気配が、あの狭いスタジオの中に確かに漂っていた。もちろん、いつも呼吸が合うわけではない。誰かが一つドジを踏めば、番組全体が難破しそうになる。私の役目は、その揺れを最小限に抑え、全員を次の波へ導くことだった。1時間番組のエンドロールが流れ始めると、どっと疲労感が押し寄せたが、うまくいった時の爽快感は格別だった。あの痺れるような感覚は、秒単位の判断力と処理能力を問われるだけに、新聞記者時代の特ダネをモノにした時とはまた違った達成感だった。
 ある日、山盛りの灰皿を指さして、大学生の新米アルバイトに「これ、捨ててくれ」と言った。たばこを吸おうとしたら灰皿がない。彼は「灰皿?捨てました」。笑ってしまったが、私は気づいた。阿吽の呼吸は、最初からできるものではない。同じ現場で時間を積み重ね、互いの癖や間合いを知り、やがて自然に生まれるものなのだ。
 狛犬ならぬ“狛猪”を思い出す。北九州市の足立山妙見宮には、全国でも珍しい“狛猪”が鎮座している。奈良時代に道鏡事件で九州に流された和気清麻呂を山中の猪が守り導いたという伝承に由来する。猪は清麻呂を救った“守護獣”として崇められ、妙見宮では狛犬の代わりに猪が阿形・吽形で並ぶ。口を開いた阿形の猪と、口を閉じて周囲を見守る吽形の猪。その対照が「あ・うん」の均衡を生み出している。
 あのローカル局でも個性が違う若いスタッフたちが、目まぐるしく展開する状況を読めるからこそ、飛び込みニュースをねじ込む奇跡が起きる。違うからこそ、あの爽快感が生まれる。あれは確かに、私が生きた“あ・うん”の時間だった。(5月15日)