投稿者:古賀 晄

 2023年、東京・八王子市の精神科病院で「死亡退院率」が64%(全国平均7%、出典・厚生労働省)と異常に高いことや患者の虐待が明るみに出た。診療報酬の架空請求などで保険医療取り消しとなった医療機関等(歯科、薬局を含む)は18件、14人(厚生労働省2022年度)を数える。相変わらず医療機関の不正が後を絶たない現実に、四半世紀も前に見た悪夢がよみがえる。
 72歳で他界した父の37回忌を迎えた。父は1987年に脳梗塞で倒れ朝倉市の自宅から福岡市内の総合病院に搬送され開頭手術で一命をとりとめた。半身不随となったもののリハビリのお蔭で会話は普通にできてステッキにすがれば部屋の中を歩ける程度には戻った。一層の快復を期待して病床数180床のリハビリ病院、福岡市南区のY病院に入院させた。
 ところが、父の状態はいっこうに好転しなかった。毎日、見舞いに行く母によると、ベッドに寝かせられているだけで患部のマッサージすら見たことがないという。父は、夜中にトイレに行こうとしてベッドから落ちて肋骨を折って寝たきりになった。のちに判明したのだが、夜間は1フロアに看護師1名のワンオペだったことから床に倒れたままの父は翌朝まで気づかれることがなかったのだ。
 ある日、仕事の合間に会いに行くと、ベッドに拘束されていて褥瘡(床ずれによる潰瘍)が異臭を放っていた。寝たきりの患者には定期的に行うはずの体位変換もずさんだったことがうかがわれた。院長を病室に呼んで状況説明を求めると、認知力はある父の枕元で「あと1か月ですな」と大きな声で言い放った。カッとなった私は院長の胸倉をつかんで廊下に引っ張り出して「まるで飼い殺しじゃないか!」と抗議すると院長は形だけ謝罪した。
 父の拘束を解いてやると少し楽になったらしく、酸素マスク越しに何か言おうとした。顔を近づけると思わぬ力で私の右手首をつかみ自分の痩せこけた首筋に当てて小さくうなずいた。それがどういう意味か分かった時、涙がポロポロこぼれた。
 「首を絞めて死なせてくれ」。酸素マスクの曇る息遣いでそう言っているのがわかった。
 「オヤジ、それはできないよ。きっとよくなるから」と言い残して職場に戻った。1989年7月31日午後、父は力尽きた。病院から「亡くなった」と電話があっただけで、家族は誰も看取ることができなかった。病理献体を希望していた父の遺志に沿って、久留米大学病院の遺体搬送車まで弟と2人で運んだ父の遺体は小学生ほどの重さしかなかった。
 それから18年後の2007年9月、Y病院の院長と事務次長は診療報酬詐取の疑いで福岡県警に逮捕された。交通事故を装った保険金詐欺グループの捜査から、そのクループと結託した診療費詐取が端緒となって、職員を患者に仕立てての入院やカラ入院など長期にわたる病院独自の不正が発覚したのだ。この事件で指定保険医療機関を取り消されたY病院は閉院に追い込まれた。
 あの時、「リハビリ専門」のうたい文句に引きずられた悔いが残るとともに、今も相次ぐ医療の闇に愕然とするばかりだ。(7月16日)