投稿者:長 秀俊

  刑事ドラマで「犯人との関係性を調査しろ」なんてセリフがあるのですが、違和感をぬぐえません。「関係性」ではなく「関係」の方が正しいと思うのです。最近、「〇〇界隈」「〇〇周辺」「〇〇近所」などの言い回しが増えています。この傾向の背景と問題点は何でしょうか。
 結論から言うと、「関係性」は常に誤りではないが、刑事ドラマのような場面では「関係」のほうが自然で具体的なことが多い、というのが実態に近いのではと考えます。「犯人との関係性を調査しろ」と言うと、個々の事実関係よりも、二人のあいだの距離感、力関係、役割配置まで含んだ抽象的な“あり方”を見ようとする響きが出ます。
 逆に、捜査の指示としては「犯人との関係を調べろ」のほうが、何を調べるかが明確です。他方では、「互いの関係性への配慮」のように、個別の関係というより関係の構造や配慮の枠組みを指す語として「関係性」が使われています。つまり、正誤というより、抽象度と文体の選択の問題です。
 背景には、まず社会における関係そのものが複雑化し、言葉もそれを抽象的に処理する方向へ動いているということがあるのではないでしょうか。現代社会ではコミュニケーションを取り巻く社会や人間関係のあり方が多様化し、それに伴って言葉遣いも多様になると言えます。昔のように「友人」「同僚」「恋人」などの固定的ラベルだけでは収まらない関係が増え、そこで「関係」より一段ぼかした「関係性」が便利になるというのです。
 もう一つ大きいのはSNS上での言葉の流通です。文化庁の令和6年度「国語に関する世論調査」では、SNSが社会の言葉に影響すると見る人が89.3%にのぼり、「略語が増える」80.1%、「新しい言葉や新しい使い方が増える」76.9%、「短い言葉でのやり取りが増える」73.1%という回答が出ています。
 さらにSNSの利点として「趣味や価値観が似ている人たちと交流しやすい」を63.5%が挙げており、言葉が事実を精密に記述する道具である一方で、ゆるく仲間を見つける目印として働く傾向が強まっているわけです。そんなに仲間を作りたいのですかね。
 「〇〇界隈」が広がったのは、この流れを非常によく表しています。もともと「界隈」は「近所・付近」という地理的な語でしたが、研究・職業・趣味・主義・ファッションなど、空間ではなく属性でまとまる人々を指す語へと拡張されました。
 ある大学の分析では、1990年代ごろから分野や集団を指す用法として登場し、SNSではさらに「同じ活動をしている人々」や、時には単なる言葉遊びとしてまで広がったとされています。私が勤務していた会社の社長(69歳)は会議や商談中によく使っていましたので、若い人に限らず広く使われているのです。
 別の大学の研究でも、「〇〇界隈」の流行を、SNSでの共感・仲間意識・拡散の速さと結びつけて説明しています。つまり「鉄道界隈」、また入浴を面倒くさがる行為を指す「風呂キャンセル界隈」のような言い方は、厳密な所属を言うのではなく、“そのへんの人たち”という軽い連帯感をつくるのに向いているのです。「〇〇周辺」「〇〇近所」も同じ方向で、境界をきっちり切らず、中心から少し距離を置いた位置取りを表しやすい。断定を避けつつ、雰囲気だけ共有できるのが強みです。正確さや断定よりも連帯感が優先されるのです。
 問題点は何か。いちばん大きいのは、便利だけど何を指しているかがぼやけやすいことです。ニュース文で「など」を多用すると具体性が落ち、対象が見えにくくなると思います。これは「関係性」「界隈」にもかなり似ています。言い換えると、具体的に言うべきところを抽象語や周辺語で済ませると、わかった気にはなるが、実は情報量が減るのです。
 「関係性」の問題もそこにあります。「関係」で足りる場面にまで「関係性」を持ち込むのは、無用の接尾語「性」を足しているだけだと批判されるでしょう。つまり、抽象化が必要な場面では有効だが、そうでない場面では“それっぽいが中身が薄い語”になりやすい。刑事ドラマのセリフに違和感が出るのは、まさにそこでしょう。捜査なら本来、「接点は何か」「面識はあるか」「金銭関係か」「共犯関係か」と言うべきところを、「関係性」で一段ぼかしているからです。
 さらに、「〇〇界隈」型の表現には、人を雑に束ねる危うさもあります。ゆるいラベルは仲間探しには便利ですが、そのぶん、個人差や内部の多様性を消しやすい。「あの界隈」「この界隈」と言い始めると、実在の人間関係や立場の違いが、ひとまとめの雰囲気語に回収されてしまう危うい副作用があります。SNSの利点として「似た趣味や価値観の人とつながりやすい」がある一方、言葉の使い方の世代差が広がり十分に吟味されない言葉が増えると文化庁調査が示すのは、こうした副作用ともつながっています。
 要するに、この傾向の背景は、人間関係の複雑化とSNSによる拡散・仲間化・省力化でしょう。そして問題点は、抽象化しすぎて具体性を失うこと、“わかった感じ”だけが先行すること、人や集団をラベルで雑に処理しやすいことにあります。SNSに関する私の実感とも整合します。
 敢えてこの傾向を受容するとすれば、「関係性ではなく関係の方が正しい」というより、「関係性」は使えるが、使うと抽象度が上がる。現場の言葉としては『関係』の方がよく効くことが多い、という言い方がいちばんしっくり来ると思います。ともあれ、私の場合実際には関係性・界隈・近所・周辺なんてこの用法で使用することは決してないのですが。(5月7日)