投稿者:古賀 晄

 ある日の昼下がり、友人との待ち合わせには間があったので、アクロス福岡1階(福岡市・天神)のコミュニケーションエリアでひと息入れることにした。背もたれのない3人掛けのベンチがいくつかあり、その一つに腰を下ろし、持参した水を飲もうとペットボトルを口にして顔を上げた。視線は当然、真正面を向く。
 3メートルほど先の円形ホール入口石段に1人の女子高校生が腰を下ろしてスマホに夢中になっている。その姿勢が問題だった。両脚を広げているものだから、スカートの奥まで丸見えなのだ。「これはいかん」と視線を逸らした。ほかのベンチからも見えるはずだ。注意すべきだと思ったが、どんな風に声をかけたらいいのか迷った。まして痴漢と勘違いされて騒がれでもしたら、こっちは疑いを晴らす術がない。「見た」わけではないが「見えた」のは間違いないのだから。
 知らぬふりをしても済むのだが、余計なお節介を焼いて火の粉をかぶるのは御免こうむりたい。「どうしたものか?」と思案していると、40歳代半ばと思しき和服姿の女性がコミュニケーションエリアに入って来た。思い切って相談することにした。その女性に歩み寄って女子高校生に私が背をむけ、和服の女性の視線を遮らない位置に立った。この位置だと状況がわかると思ったからだ。
 「あの、突然ですんまっせん。私が注意するのもナンですから…」と小声で説明し始めると、すぐさま状況を察した和服女性は「わかりました。まかせんしゃい」とささやいて、引き返すふりをしていったん私から離れた。そしてさりげなく女子高校生に近寄ると、耳元でなにやらささやいた。女子高校生はペコリと頭を下げてその場を離れて行った。
 和服の女性は、その後ろ姿を見届けてから私の前を通り抜ける際に『Good Job! 』のサインを示すように右手の親指を立て笑顔をチラリと投げかけて去っていった。
和服の着こなしといい、とっさの機転といい、この女性の『Good Job! 』こそ惚れ惚れする振る舞いだった。このエリアに居たほかの誰も一部始終に気づかなかったはずだ。
 待ち合わせの友人と居酒屋でビールを傾けながら、このエピソードを話すと、友人は「やっぱ博多ごりょんさんは粋やなあ」と、自分が褒められでもしたかのように誇らしげな顔になった。
 彼は、こてこての博多っ子で、博多祇園山笠の時季には夢中になる「やまのぼせ」、しかも今は博多山笠振興会の役付きである。友人のうんちくが始まった。
 「博多祇園山笠は商人の祭りやけん、旦那が山笠に入れ込んでいる間、店をしっかり守って一切を取り仕切るのが奥さんの役目。機転を利かせんといかんことも多いし、ゴタゴタを捌く裁量も磨かれる。若奥さんに対して敬意を込めて『ごりょんさん』て言うったい」。
 語源を調べると、中世以降に使われた身分の高い女性に対して《御寮様》あるいは《御寮人様》と使われた敬称そうだ。童謡「花嫁人形」の歌詞にも『花嫁御寮はなぜ泣くのだろ』とある。「ごりょんさん」は、それから派生した地域方言で、関西以降では商家の若奥さんを『ごりょんさん』と呼ぶのが定着したのだそうだ。「やまのぼせ」のうんちくのお蔭で一つ勉強になった。(3月27日)