投稿者:古賀 晄
春の寒暖の差のためかひどい風邪を引いてしまった。指定難病85の特発性間質性肺炎を患っている身にとって風邪は大敵だ。かかりつけ医には「絶対、風邪をひかないように。急性増悪につながり命にかかわる」としつこいほど注意されていたのに油断した。風呂上りに薄着のまま本を読んでいて湯冷めしたようだ。
体温計はすでに39度を超え、血中酸素濃度も危険ラインまで低下している。コンコンと軽い咳だったのが、ゼイゼイと重くなり気管支炎を起こしたのが自分でもわかる。就寝中も激しい咳き込みに悩まされる。隣に寝ている妻を起こさないように咳止めの錠剤を服用してタオルを口に押し込んで咳を殺しているものの、咳き込みとの格闘に疲れ果てた。この疾患が完治する薬はまだない。平均寿命は確定診断から3~5年とされる。
幻覚と覚醒の狭間で短編小説の名手O・ヘンリーの「最後のひと葉」が浮かんだ。
ニューヨークの一角にまだ芽の出ない芸術家が集まる安アパート街がある。田舎から出て来た画家を志す若い女性2人、スーとジョンジーがアパート3階の部屋をシェアして住んでいる。ジョンジーは流行性の肺炎にかかり、ベッドに寝たまま窓越しに隣のレンガ壁を這う蔦(つた)の葉を毎日、数えている。色づいた葉っぱは冷たい秋風に飛ばされ1枚ずつ散っていく。「最後のひと葉が散ったら自分の命も尽きる」とジョンジー思い込んでいるのだ。
嵐の翌朝、最後のひと葉は散らずにレンガ壁に残っていた。これに元気づけられたジョンジーは奇跡的に快復したが、1階に住む偏屈で飲んだくれの老画家ベアマンが肺炎で死んだ。彼の絵は過去に評価されたことがなく、スーとジョンジーの絵のモデルとなりわずかな酒代を稼いでいた。スーから事情を聞いたベアマンは嵐の中で、ジョンジーのために蔦の葉を一枚、レンガ壁に描き加えていたのだ。それは25年間も満足な絵を描けなかったベアマンの最高傑作だった。
わが身の行く末もさりながら、ロシアの侵攻から3年となるウクライナの運命が気がかりだ。東部戦線ではロシア軍と北朝鮮軍の攻勢にウクライナ軍は苦戦しているそうだ。インフラに対するロシア軍の大規模な攻撃が国民生活に深刻な影響を及ぼし、一般市民の犠牲者が多数出ている。
アメリカのトランプ大統領は早期停戦の仲介に乗り出しているが、本音はノーベル平和賞とウクライナの豊富な地下資源が狙いのように見える。ロシアのプーチン大統領は譲歩する気配がない。「自分の思い通りにすることに慣れた頑固な2人のリーダーは、相容れない要求を掲げている。停戦の見通しは決して確実ではない」(2025年3月15日付Wedge ONLINE=BBC Newsより引用)。
熱が冷めない頭で、「ストリートアーティストのバンクシーが戦争を止める絵を描いてくれないかなあ」などとぼんやり考えてみる。
いや、バンクシーを当てにするのではなく、世界中のジャーナリストがやるべきことは、理不尽な戦争という嵐を止めるためにペンを振るうべきではないか。
ただの隣人である若い娘を救おうと、ベアマンが嵐でも吹き飛ばされない「最後のひと葉」をレンガ壁に描いたように。(4月17日)