投稿者:大矢 雅弘
明治から昭和初期にかけて、熊本県天草地域から海を渡り、海外に出稼ぎに行った「からゆきさん」たちを主題に、東京都在住の継田恵美さんが、「南洋のゴム園王 笠田直吉の生涯」という書籍にまとめ、自費出版した。「未来を紡いでいく子どもたちに、郷土を愛しながら大志を抱き、海を渡った人々がいたことを知ってほしい」との願いを込めた一冊だ。
笠田直吉は嘉永4(1851)年、現在の天草市天草町高浜で生まれた。15歳ごろ、長崎に出て外国船のボイラーマンの仕事をしていたが、その後、船を降り、マレー半島を放浪。マレーシアのスレンバンでコーヒー栽培を始める。ところが、コーヒーの価格が大暴落し、破産状態に陥る。それでも帰国はせず、ゴム園経営に転向して成功を収め、新たなゴム園を次々に開設。現地の日本人を束ね、65歳でスレンバンの日本人会初代会長に就任した。とても謙虚な人で、若い人にも敬語で接したという。
継田さんは高校生のころから、海外で活躍する日本人に興味があった。イギリスに留学した夏目漱石をはじめ、森鴎外、画家の藤田嗣治といった著名人よりは、一般庶民の動向への関心が強かった。なかには「こんなところに日本人が……」といった内容の本も出版されていて、とても興味を持って読んできたという。
その一つに太平洋を渡ったハワイ移民や赤道を越えたブラジル移民など、世界各地の至る所に足跡を残している大勢の天草人の生涯を記した「天草海外発展史」(北野典夫、葦書房)という名著がある。例えば、笠田と同じ高浜から海を渡った赤崎伝三郎はアフリカ大陸東岸に位置する仏領マダガスカル島でレストランや映画館を経営していたただ一人の日本人だ。日露戦争中、ロシアのバルチック艦隊がマダガスカル島に寄港した際に、いち早くインド・ボンベイの日本領事館に艦隊の動静を打電し、海軍から感謝状が贈られた。多数の天草人に交じって、笠田についても紹介したほぼ唯一の書籍だ。
継田さんは今回の取材を進めるなか、笠田についての同書の記述に疑問がわいた箇所がある。「天草海外発展史」では、笠田についての文章の末尾の方で、「マレーのゴム園王笠田直吉の晩年は、しかし、哀れであった」などと指摘。ゴム園などが、天草とは海をはさんだ対岸の長崎県・島原半島出身の朝永誠三に乗っ取られた、などと記されている。継田さんは現地で発行されていた南洋日日新聞などの資料を克明に調べた結果、そのような表現には行き当たらなかった。おまけに、朝永誠三の胸像が日本人会建物前の広場に建てられ、その胸像が長崎の平和公園にある「平和祈念像」の作者、北村西望が制作したことも突き止めた。継田さんは「地元の宝とも言われた初代日本人会長の笠田直吉に対し、乗っ取りを企てた人物の胸像を有志が募金を集めて建てるはずが無かろうことは何よりの証明ではないだろうか」と述べている。継田さんは今回の出版で、笠田や朝永の汚名を雪(そそ)いだともいえる。
今回の本では、笠田の生涯にとどまらず、笠田と同じ高浜から海を渡った人々の足跡も数多く伝えている。その一人、笠カノさんは15歳で海を渡り、ラオスやサイゴン(現在のホーチミン)などで足かけ35年近くコックをしたり、飲食店などを営んだりした女傑だ。彼女にまつわる多彩な逸話を紹介し、「何をするにもきちんとしていた彼女の丁寧な生き方、またこだわりのある所縁の品の数々を通して人生の美学を見せて頂いた」と記している。
継田さんはあとがきで、外務省調べの「外国在留熊本県人員並び本件在留者送金額表」と題した資料を示している。それによると、【大正9年】男性19253名、女性10725名 送金額3162731円 【大正10年】男性19346名、女性11008名 送金額3360066円 となっている。「値段の明治大正昭和風俗史」には、大正9年の総理大臣の月給は千円とあり、いかに多額の外貨を日本人が稼ぎ出し、送金していたのかがわかる。熊本県から海外に出稼ぎに行った男女の内訳は、圧倒的に男性の方が多い。それなのに、男性の海外出稼ぎ者にフォーカスを当てた資料あるいは言及されたものが見つけにくいのはなぜだろうか、と疑問を投げかけている。
さらに「からゆきさん」の捉え方について、女性の海外出稼ぎ者をひとくくりに海外売春婦と誤認している人がいる、として数多くの識者の反論を列挙している。例えば、日本の子守歌研究の草分けで、天草でも聞き取り調査をした詩人で作家の松永伍一さんは「『からゆきさん』という言葉があり、これを東南アジアなどに行った娼婦と同意語にするのは間違いである。これは広い意味での海外出稼ぎ者の総称なのだから、その点われわれの認識を改める必要を私は痛感したものだ」と、端的かつ明快に指摘している。
やはり1972年に出版された作家、山崎朋子さん(故人)の「サンダカン八番娼館」が影響しているのだろう。同書は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞してベストセラーとなり、「サンダカン八番娼館 望郷」(熊井啓監督)として映画化もされている。「からゆきさん」を「外国人に肉体を鬻(ひさ)いだ海外売春婦を意味している」とした山崎さんの定義は、いま風に言えば「フェイク」(偽・誤情報)なのである。ベストセラーの出版からはすでに半世紀以上が経過しており、誤った「からゆきさん」像の呪縛から解き放たれてほしいと願うばかりだ。
問い合わせは継田さん(080・4693・7647、メールアドレスは emi.tsugita@gmail.com)へ。(9月8日)
